物理学
講座(部署)紹介
物質に本来備わっている”本質的な”性質は、常温では、大きな熱揺らぎのために、観測することができない。物質を十分低い温度まで冷やすと、超伝導や超流動に代表されるように、物質の”個性”が浮き彫りになる。当講座では、物質を究極の極限環境であるmK(ミリケルビン)領域の超低温まで冷却し、量子輸送現象測定や磁気共鳴法という物理的な手法を用いて、本質的な物性の解明を行っている。具体的には、GaAsやInSb等の半導体接合界面に形成される2次元電子系や単層及び2層グラフェンのような極めてシンプルな系を舞台に、物質の本質を解明すべく、電気伝導や電子スピン・核スピン共鳴などの物性測定を行っている。特に、上記のような超低温技術は、生体組織の冷凍保存というような基本的な使用法にとどまらず、医用工学分野における磁気共鳴画像法(MRI)や脳磁計に代表されるように、医療技術の進歩には必要不可欠な技術である。
具体的な研究内容は、以下の通りである。
- 医学物理教育における新しい教材開発と教育効果の研究
- グラフェンにおける2次元電子系の新奇な量子物性と応用
- GaAs系量子ホール効果におけるエッジ状態とトポロジカル励起の研究
- InSb系量子ホール系におけるエッジ状態の役割と特有の量子現象の探索
- Si:P結晶の超低温・強磁場下の磁気共鳴と量子計算への応用
- リドベルグ原子を用いたダークマター・アクシオン探索
なお、上記2は大阪大学・産業科学研究所、大阪工業大学、物質・材料研究機構と、3は東京大学・物性研究所、京都大学・理学研究科と、4は東北大学・理学研究科、米国オクラホマ大学と、5は福井大学・遠赤外領域開発研究センター、京都大学・理学研究科、韓国KAIST、フィンランド国Turku大学と、6は京都大学・理学研究科・立命館大学等との共同研究で行っている。
研究の現状
概要
現代医学の進歩において、生体組織の冷凍保存のような基本的な使用法にとどまらず、医用工学における磁気共鳴画像法(MRI)や脳磁計等への応用にみられるように、低温技術はもはや欠かすことのできない技術となっている。本講座では、数十mK(ミリケルビン)領域という超低温領域での、磁気共鳴・輸送現象測定を中心に、基礎物性及びその応用研究を行っている。また、新規な教材開発を含め、医学基礎教育としての物理教育の充実に注力している。具体的な研究テーマを下記に挙げる。
主題
- 医学物理教育における新しい教材開発と教育効果の研究
医学物理教育における力学、電磁気学、流体力学、熱力学、原子物理学分野、特に超低温・磁気共鳴を中心とした新しい教材開発を行っている。 1学年時における自然科学実習では、物理現象の可視化技術や、血管中の乱流現象の理解につながる、カルマン渦列発生実験装置を開発し、教育効果を研究している。また、高温超伝導体の抵抗測定を通して、寒剤利用の習熟を試みている他、近年重要性の叫ばれている放射線測定の実習や、MRIの原理を理解するのに重要な共振回路の測定を開始した。さらに、講義においても、基礎的な物理現象の理解にとどまらず、実験映像等のマルチメディアを利用した視覚的な教育方法の試みや、最新の医学への応用に力点を置いた講義内容の充実を行っている。 - グラフェンにおける2次元電子系の新奇な量子物性と応用
グラフェンは、単層の2次元炭素原子膜であり、その中に出現する2次元電子系の特異な物性及び応用研究に多くの注目が集まっている。本研究では、単層及び2層グラフェン膜を作製し、グラフェンの不純物による弱局在効果や、グラフェンへの分子吸着による電子輸送現象の変化を観測している他、高感度圧力センサーとしての応用も目指している。また、単層グラフェンを六方晶系窒化ホウ素で挟んだ高移動度2層系グラフェンの作製を目指している。これらの試料を超低温・強磁場の複合極限環境下で量子輸送特性を測定するため、無冷媒超低温冷凍機開発を行っている。 - GaAs系量子ホール効果におけるエッジ状態とトポロジカル励起の研究
超低温・強磁場下において半導体2重接合界面で実現される量子ホール効果における新奇な量子相の探索を、量子輸送現象測定を中心として行っている。2層系ランダウ準位占有率ν=1量子ホール効果において、層の自由度を表す“擬スピン”がドメイン構造を形成する“ソリトン格子相”や、2層系ν=2量子ホール効果における傾角反強磁性相という新奇な量子相を発見した。本研究では、大電流による動的核スピン偏極や、2層系量子ホール効果を中心に、エッジ状態での電子の散乱機構とエッジの動的変化過程、および半量子渦対や磁気ロトン、スカーミオンなどの量子ホール系特有のトポロジカルな励起状態の特定とその生成・消滅機構を解明する。また、2層系ν=1量子ホール状態では、層間を電子がトンネルすることによる粒子数揺らぎが生じ、2次元電子系に巨視的なコヒーレンスが存在することが期待される。本研究では高移動度を持つ2層2次元電子系半導体試料にマイクロ波を照射し、超伝導体接合でみられるACジョセフソン効果と類似した、ジョセフソン・プラズモン共鳴現象の探索を行っている。 - InSb系量子ホール系におけるエッジ状態の役割と特有の量子現象の探索
我々はこれまで、GaAs系量子ホール効果のランダウ準位占有率ν=2/3分数量子ホール状態において電流誘起DNPを実現させてきた。近年、GaAs系以外においても電流誘起DNPが生じる可能性が指摘され、極めて有効g因子の大きいInSb系の量子井戸構造においてはν=2整数量子ホール状態で電流誘起DNPが実現されている。この系では、整数量子ホール域での電流誘起のため、数K程度の比較的高温でもDNPとそれに伴う抵抗検出NMR(RDNMR)が観測可能である。本研究では、InSb系量子井戸試料を無冷媒冷凍機で冷却し、磁場中で試料を回転させて面内磁場を印加することにより、新奇な量子現象を探索する。 - Si:P結晶の超低温・強磁場下の磁気共鳴と量子計算への応用
シリコン(Si)の中にリン(P)原子をドープし、その核スピンを量子ビットとして、量子演算を行うという魅力的な提案がなされている。本研究では、絶縁体領域にある希薄P ドープSi (Si:P)試料の核磁気共鳴信号の観測を世界に先駆けて成功させる。さらに、NMR 観測を通じて、量子ビットとしてのP原子核スピンについて、電場による超微細相互作用の制御を確立させる。 - リドベルグ原子を用いたダークマター・アクシオン探索
宇宙には、光を放出している星などの数十倍にも及ぶ、見えない物質、暗黒物質(ダークマター)が存在していることがわかっている。“アクシオン”は、最も有力なダークマターの候補の一つである。本研究では、超低温・強磁場下でアクシオンが転換する際に発する光子を、高エネルギー準位にレーザーで励起されたアルカリ原子(リドベルグ原子)により捕らえ、宇宙の成り立ちを解明しようとする研究を行っている。
自己評価・点検及び将来の展望
主題1については、今後も様々な分野における教材開発を行っていきたい。主題2に関しては、物質・デバイス領域共同研究拠点および物質・材料研究機構の御支援をいただき、より高品質なグラフェン試料を作製するとともに、本学における超低温装置の整備も着々と進んでいる。主題2-5の研究は、デバイス開発を含め、スピントロニクス分野や量子情報分野への応用も視野に入れている。主題7に関しては、長期的ではあるが魅力的な研究テーマである。今後は、本学においても実験装置をさらに整備し、低温・半導体物理学を中心として研究を継続したい。また、磁気共鳴法などの医学と物理学の接点となるテーマの開発や教育方法についての研究を続け、本学における医学教育の充実を図りたい。

福田 昭 教授
責任者| | 福田 昭(教授) 専門分野:低温物理学・半導体物理学 |
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講師| |
寺澤 大樹 |
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TEL| | 0798-45-6800 | ||
FAX| | 0798-45-6800 |
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