兵庫医科大学 呼吸器内科(兵庫医科大学病院 呼吸器内科)

基礎研究

癌をはじめとする悪性新生物は日本人の死因の第1位であるが、その中でも肺癌による死亡者は最も多く、極めて悪性度の高いがん種の一つです。近年のドライバー遺伝子変異を標的とした小分子阻害剤、血管新生阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤といった分子標的治療薬の進歩により、特に非小細胞肺癌の内科的治療の成績は劇的に向上しましたが、依然として内科的治療のみでは治癒に導くことは困難です。また、肺癌全体の15%程度を占める小細胞肺癌については治療法が約30年に渡ってほとんど進歩していません。そして、希少疾患ではありますが、20世紀のアスベストの大量使用によって今なお患者数が増加している悪性中皮腫についても、新たな治療法の確率が喫緊の課題となっています。

上記の背景を鑑み、当科では、

  1. 癌幹細胞を標的とした、肺癌の治癒を目指した治療法の開発
  2. 小細胞肺癌に対する新たな分子標的治療法の樹立
  3. 悪性胸膜中皮腫に対する免疫療法の確立

を研究テーマとして、基礎実験と実臨床の橋渡しを担うトランスレーショナルリサーチを展開しています。

1. 癌幹細胞を標的とした、肺癌の治癒を目指した治療法の開発

ドライバー遺伝子変異を標的とした小分子阻害剤は、劇的な腫瘍退縮効果を発揮し、確実に肺癌の予後を延長させました。しかしながら、肺癌をはじめとする固形癌においては組織内でのheterogeneityが強く、有効な小分子阻害剤をどれほど大量に投与しても生存可能な細胞集団(drug-tolerant persisters:DTPs)が一定の割合で含まれています。これら、DTPsと癌幹細胞(Cancer Stem Cell: CSCs)とは必ずしも同一でないものの、DTPsはCD133といったCSC markerを発現していて、CSCsのphenotypeを保持していると考えられます(Sharma SV et al. Cell.2010;141:69-80)。小分子阻害剤の耐性機序として、最も重要なのが新たなgate keeper遺伝子変異の獲得です。DTPsが長期間の小分子阻害剤への曝露により、最終的にgate keeper遺伝子変異を獲得する前に、DTPsにおいて活性化している分子を標的とした治療を行う事で、DTPsを根絶し、肺癌を治癒に導きたいと考えています。

2. 小細胞肺癌に対する新たな分子標的治療法の樹立

小細胞肺癌に関するこれまでの我々の研究で、CXCL12/CXCR4経路は転移の促進に関与しており(Kijima T, Cancer Res. 2002;62:6304-11, J Cell Mol Med. 2003;7:157-64)、その阻害は転移の抑制に効果が期待できる事(Otani Y. FEBS Lett. 2012;586:3639-44)、HER2阻害剤であるlapatinibとtrastuzumabはそれぞれABCトランスポーター阻害と抗体依存性細胞障害活性を通して、抗癌剤耐性を克服できる事(Minami T. Mol Cancer Ther. 2012;11:830-41, Sci Rep. 2013;3:2669)を示してきました。また、実臨床への成果としてtrastuzumabのHER2陽性再発小細胞肺癌に対する抗腫瘍効果を先進医療として世界に先駆けて報告し、その効果を示してきました(Kinehara Y and Minami T. Lung Cancer. 2015;87:321-5)。しかしながら、増殖速度の速い小細胞肺癌の進行を止めるには抗体依存性細胞障害活性などの自然免疫だけでなく、T細胞を介した獲得免疫の活性化も不可欠だと考えています。小細胞肺癌における新たな分子標的治療法の樹立を目指し、抗腫瘍免疫をフル活用する方法を研究しています。

3. 悪性胸膜中皮腫に対する新たな免疫療法の確立

悪性胸膜中皮腫「発生」の原因がアスベストであることは、疫学的にもよく知られていますが、「発生」後の悪性胸膜中皮腫の「進展」への関与については分かっていません。本研究では、腫瘍微小環境を構成する主たる細胞の一つである腫瘍関連マクロファージ(tumor-associated macrophage: TAM)に注目して現在解析を進めています。アスベストはマクロファージに貪食されるが、分解されることはありません。そのため、悪性胸膜中皮腫発生後も常に残存していると考えられます。我々は、アスベストを貪食したTAMが、腫瘍の「進展」にも影響を与えていて、これを標的とすることで、悪性胸膜中皮腫に対する新たな免疫療法につながると考えています。中皮腫細胞やマウスモデルを用いた基礎実験と並行して、全国でも有数の中皮腫診療施設である当院の経験を活かし、臨床検体を用いた解析にも取り組んでいます。