研究業績

J Biol Chem誌に論文が掲載されました

J Biol Chem (The Journal of Biological Chemistry) 誌に法医学 奥平 准之 助教と西尾 元 主任教授の論文が掲載されました。

論題

「Retrotransposition of long interspersed element 1 induced by methamphetamine or cocaine」

論文著者名

Noriyuki Okudaira, Yukihito Ishizaka, Hajime Nishio

概要

乱用薬物(メタンフェタミンおよびコカイン等)のゲノム再編機構やクロマチンリモデリングへの詳細は明らかになっていない。また、犯罪抑止や法医鑑定分野においても乱用薬物の生物学的意義は非常に重要である。ヒトゲノムには、「動き回り得る遺伝子」(TP 遺伝子:トランスポゾン)が半分近くを構成している。1細胞中に約52万コピー(全ゲノムの約17 %)存在するLong Interspersed Element 1(LINE-1以下L1)は特徴的で、80-100コピーは正常細胞中でも転移機能を有している(retrotransposition以下RTP)。本研究では、メタンフェタミンとコカインのL1-RTPを介したゲノム再編機構に着目し、その分子シグナルを明らかにした。メタンフェタミンとコカインは、神経細胞株でのみL1-RTPを誘導した。さらに、MAPK下流の転写因子cAMP response element binding protein (CREB)依存的にL1-RTPを誘導した。メタンフェタミンとコカインは、記憶の固定化や神経可塑性に重要な転写因子CREBの活性化を伴いながら、L1によるゲノム不安定性を誘導することで、精神障害などの薬理作用を形成することが示唆された。

研究の背景

これまでの生命科学研究は、主として蛋白質をコードする遺伝子とその機能解析が行われてきた。2001年にヒトゲノムの全配列が発表され、ヒトゲノム全配列中の蛋白質をコードする領域は約1 %にすぎないことが明らかになった。L1はORF1とORF2の2つの蛋白質から構成され、全長は約6kbである。近年の研究によって、神経幹細胞がニューロン等の細胞に分化する際にL1-RTPが誘導されることが明らかになった。このように、L1の動きが中枢神経系(CNS)機能に連関している可能性が考えられる。また、L1-RTP誘導によって、Interferon-b(IFN-b)産生を介した組織傷害が誘発されることが報告され、CNSでもL1による機能異常の誘発が考えられる。本研究では、乱用薬物のゲノムシャッフリング誘導機序に着目することで、薬物と精神障害発症との関連性を明らかにすることを目的とした。

研究手法と成果

【方法】L1-RTPを検出するレポータープラスミドを神経細胞に一過性に発現させた後に、薬物によるL1-RTP誘導能をPCR法およびころにーアッセイ法で解析した。また、L1の構成タンパクの1つであるORF1発現ベクターを作成し、クロマチン解析を行った(遺伝子組換え実験番号:212001)。

【結果】メタンフェタミンとコカインのL1-RTPは神経細胞株でのみ誘導された。L1-RTPは、DNAのdouble-strand breaks (DSB)によって誘導されることが報告されているが、メタンフェタミンとコカインはDSBに依存せずにL1-RTPを誘導した。メタンフェタミンとコカインは、mRNAの発現には影響せずにL1-RTPを誘導した。メタンフェタミンとコカインはMAPK下流の転写因子cAMP response element binding protein (CREB)をリン酸化することを確認し、そのsiRNAをトランスフェクションし、L1-RTP誘導能を解析した。その結果、CREBに対する2つのsiRNA配列によって、L1-RTPは抑制された。さらに、CREB siRNA resistant発現ベクターで、トランスフェクションバックを行うとL1-RTP誘導能は回復した。また、ORF1のクロマチンリクルート解析においても、L1-RTP誘導時にORF1のクロマチン分画量が増加し、その現象はCREB依存的であった。メタンフェタミンとコカインによるL1-RTPは、CREBを中心とした細胞内シグナルによって統制されている可能性が示唆された。

今後の課題

1.メタンフェタミンとコカインのL1挿入箇所の解析。
2.その他の薬物のL1-RTP誘導機序の解析。
3.薬物依存形成とレトロエレメントとの関連性の検討。

研究費等の出処

2012年度基礎科学研究助成(公益財団法人 住友財団:120102)
2013年度 武田科学振興財団 医学系研究奨励
2013年度 内藤記念科学奨励金・研究助成

掲載誌

J Biol Chem (The Journal of Biological Chemistry) 289巻、25476-25485頁、2014年