受賞

令和6年度兵庫県医師会 医学研究賞を受賞(呼吸器内科学 准教授 南 俊行)

呼吸器内科学 准教授 南 俊行が「令和6年度兵庫県医師会 医学研究賞」を受賞しました。この賞は、医学研究分野で優れた研究成果を挙げた者に授与されます。

授与団体名

一般社団法人兵庫県医師会

研究課題

悪性胸膜中皮腫に対し抗PD-1 抗体と血管新生阻害薬の併用療法は腫瘍微小環境の制御を介して相乗効果を発揮する

研究の概要

胸膜中皮腫(Pleural mesothelioma: PM)はアスベスト関連の予後不良の難治性悪性疾患である。近年、抗Programmed cell death (PD)-1抗体を中心とした免疫チェックポイント阻害薬(Immune checkpoint inhibitor: ICI)を用いたがん免疫療法はPM治療に新たなbreak throughをもたらした。我々は、その抗腫瘍効果を最大化するために、血管新生阻害薬であるニンテダニブが抗PD-1抗体の抗腫瘍効果を増強できるか評価した。ニンテダニブはin vitroでは中皮腫細胞の増殖を抑制できなかったが、マウス皮下移植モデルにおいて中皮腫細胞の増大を有意に抑制した。さらに、抗PD-1抗体とニンテダニブの併用療法は、中皮腫皮下腫瘍に著しい壊死を誘導し、ニンテダニブ単独療法と比較して腫瘍の増大を劇的に抑制した。その相乗効果の機序としては当初想定していた細胞障害性T細胞の活性化ではなく、腫瘍関連マクロファージ(tumor-associated macrophage: TAM)を数的かつ質的に抑制した結果であった。以上の結果から、抗PD-1 抗体とニンテダニブの併用療法は、PM患者に対する新たな治療選択肢となり得ると考えられた。

研究の背景

PMについては、2003年にシスプラチン+ペメトレキセドの併用療法が標準治療として確立されたが、その後長らく新たな治療法が確立されていなかった。その中で、2019年に抗PD-1抗体ニボルマブが、2021年にニボルマブと抗cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4(CTLA-4)抗体イピリムマブの併用療法の有効性が示され、実臨床で使用できるようになりPM患者の予後は明らかに改善している。しかしながら、PMについては非小細胞肺がんの場合と異なり、ICIの効果を予測するbiomarkerが判明していない上、現時点ではICIとプラチナ製剤+pemetrexed併用療法しか科学的根拠のある治療法がなく、治療選択肢は不確実でかつ極めて限られている。そのためPM患者にとって、より効果的な新規治療法の確立は喫緊の課題となっている。
PMにおいては、血管新生と予後が相関しているとされ、血管新生阻害薬ベバシズマブはシスプラチン+ペメトレキセド療法に上乗せ効果が確認されていて、一部の国では保険適応となっている。また、血管新生阻害薬はがん免疫療法の効果を増強する可能性も示唆されている。そこで、我々は実臨床への応用が可能なトランスレーショナルリサーチとして抗PD-1抗体と血管新生阻害薬の併用療法について検討を行う事とした。

研究の手法と成果

ヒト中皮腫細胞における血管新生因子の発現を調べた所、中皮腫細胞は複数種類の血管新生因子とその受容体を産生していた。そこで、今回我々は血管新生阻害薬として、multi-kinase阻害薬であり、かつ既に特発性肺線維症において実臨床で使用されているニンテダニブを用いて前臨床の研究を行なった。ニンテダニブはin vitroでは中皮腫細胞の増殖を抑制できなかったが、マウスの皮下腫瘍モデルにおいて有意に腫瘍の増大を抑制した。さらに抗PD-1抗体とニンテダニブの併用療法は、中皮腫皮下腫瘍に著しい壊死を誘導し、ニンテダニブ単独療法と比較して腫瘍の増大を劇的に抑制した。その相乗効果のメカニズムとしては、当初想定していた細胞障害性T細胞を介した抗腫瘍効果ではなく、ニンテダニブが中皮腫細胞由来のケモカインの産生を抑制し、腫瘍関連マクロファージ(Tumor-associated macrophage: TAM)を量的に減少させ、かつそのphenotypeをSmadの脱リン酸化を介してNF-kBの核移行を促すことで、腫瘍促進性のM2タイプから抗腫瘍活性をもつM1タイプに変化させるためである事が分かった。その一方、ニンテダニブはTAMにおけるPD-1を、腫瘍におけるPD-ligand 1(PD-L1)の発現を誘導してしまい、PD-1/PD-L1シグナルが成立する事でTAMによる貪食能を阻害してしまう。抗PD-1抗体を併用する事でTAMの貪食能を回復させる事も期待でき、ニンテダニブと抗PD-1抗体の併用療法はそれぞれの弱点を補完しあうreasonableな治療戦略と考えられた。

研究費等の出処

日本学術振興会 科研費18K15962、20K08555
兵庫医科大学 研究活性化助成 2020
日本ベーリンガーインゲルハイム リサーチグラント

掲載誌

Lung Cancer. 2023 Jun:180:107219.