研究業績

Proceedings of the National Academy of Sciences (米国科学アカデミー紀要)誌に遺伝学 助教 吉川 良恵の論文が掲載されました。

論題

High-density array-CGH with targeted NGS unmask multiple noncontiguous minute deletions on chromosome 3p21 in mesothelioma

論文著者名

(兵庫医科大学)吉川良恵、江見充、玉置(橋本)知子、大村谷昌樹、佐藤鮎子、辻村亨、長谷川誠紀、中野孝司、(ニューヨーク大学心胸郭外科)Pass HIら2名(ハワイ大学がんセンター)Carbone Mら10名

概要

アスベスト曝露が主要因となる悪性中皮腫(MM)は、抗がん剤や放射線治療に抵抗性で極めて予後不良のがんである。そのがんゲノムの変化は、近年盛んとなった高速かつ大容量塩基配列解析が可能な次世代シーケンサー(NGS)を用いた解析から、遺伝子変異が少ないと報告されてきた。我々は、置換、欠損・増幅を含む小さな塩基変化が解析可能なNGSと、もう少し大きなゲノムの欠損・増幅を捉えることができるよう独自設計した高解像度CGHアレイを組み合わせることで、MMは変異が少ないのではなく、特定領域で集中的にゲノムが欠損しており、激しいゲノム再構成が生じていることを見出した。我々の研究により、MMでは1~数塩基の塩基置換よりより大きなエクソンレベル~数Kbの欠損の方が多く見出されていることから、従来の解析ではこれらのゲノム変化が見過ごされてきたことを示した。本研究は兵庫医科大学とハワイ大学、ニューヨーク大学との国際共同研究であり、上記ゲノム変化は人種にかかわらない普遍的な変化であることも示した。なお本研究は、癌のゲノム解析がNGSに極度に依存している点に警笛を鳴らし、より幅広い詳細なゲノム解析の必要性を示唆している。

研究の背景

近年癌細胞と正常細胞の違いをゲノムレベル・分子レベルで解明し、がんの増殖や転移に必要な分子を特異的に抑える分子標的治療により大きな治療効果が得られている。癌におけるゲノム変化、変異解析研究はNGSによる塩基配列解析が主流となっており、種々の癌で研究が盛んに行われている。悪性中皮腫(MM)は主としてアスベスト曝露が関与し、発症までに30-40年を要し、平均発症年齢は60歳を超えているにもかかわらず、NGSによる変異解析で見出される変異個数は他の成人腫瘍に比べ非常に少ないことがこれまでに知られていた。癌の変異には一般的にはその多くを占める1~数塩基の置換の他に、数十~数Kbの欠損・増幅、十Kb~数Mbに及ぶ大きな欠損・増幅があり、前者はNGSで見出しやすく、後者は染色体解析の対象となる。しかし、数十~数Kbの欠損・増幅は検出が難しく、見逃されることが多い。MMの変異については、家族集積性のMM家系ではBAP1遺伝子に生殖細胞系列変異(先天的ゲノム変化)が見られることを共同研究者Carbone.Mら(ハワイ大学がんセンター)が2011年に報告、一方吉川らは日本人MM患者腫瘍のBAP1の体細胞変異(後天的ゲノム変化)が欧米の研究より高い頻度で検出され、その変異は欠損が多いことを2012年に報告した。このようにBAP1遺伝子はMMの発症・進展に大きく寄与することが推測されている。

研究手法と成果

BAP1遺伝子周辺領域である3p21(染色体3番短腕21領域)のゲノム変化(遺伝子の部分欠損や増幅)をより詳細に解析するため、市販アレイのさらに40倍以上の解析用プローブを配置した(平均254bp間に1プローブ)3p21に特化高解像度CGHアレイを設計・製造し、NGS解析と併用解析した点がオリジナルである。我々の解析結果から、MMでは染色体3p21領域で染色体粉砕(クロモスリプシスとも呼ばれる)が生じていると推測された。これは染色体の大規模な破壊と再編成が含まれる劇的な染色体事象であり、1個の細胞中に含まれる染色体の1つないしは少数だけに起こることが普通で、多様な腫瘍や先天性疾患で観察されている。MMは変異が少ないという観点から治療方針が立てられているが、今後見直しが必要であることを示唆した。

今後の課題

今回は3p21領域に特化して解析したが、他にどの染色体領域で染色体粉砕が生じやすいのか調べる必要がある。さらに染色体粉砕を引き起こす要因を調べることで、MMの治療指標となる分子標的を探索していきたい。

研究費等の出処

科研費基盤(C)24590715 & 15K08658 (玉置(橋本)知子)、25460710 (江見充), 26460689 (吉川良恵)兵庫医科大学教員助成金2015 (吉川良恵)他

掲載誌

Proceedings of the National Academy of Sciences (米国科学アカデミー紀要) 2016年11月10日電子版搭載