研究業績

~睡眠障害と肥満・糖尿病発症の新たな道筋~ “睡眠の質”が甲状腺刺激ホルモンの構造に影響を及ぼすことが判明 -HSCAA研究-

論題

Serum Macro TSH Level is Associated with Sleep Quality in Patients with Cardiovascular Risks: HSCAA study

論文著者名

(兵庫医科大学)角谷学、森本晶子、角谷美樹、藏城雅文、庄司拓仁、森脇優司、小柴賢洋、山本徹也、難波光義、小山英則 など

概要

元々ヒト甲状腺刺激ホルモン(TSH)は血液中の甲状腺ホルモン値に応じて脳下垂体から分泌され、その血中濃度をもとに甲状腺機能を判断したり、薬物調整を行う重要な指標である。

今回我々の研究グループは、一般の患者の血中TSHの多くが免疫グロブリンなどと結合したマクロTSHとして存在することを初めて明らかにした。さらにこのマクロTSH分画は、甲状腺機能だけでなく、睡眠障害に深く関与し、TSHの糖鎖構造がフリーのTSHと大きく異なることが示された。

これらの結果より、1.ヒトにおいてマクロTSHが通常の患者で認められること、2.睡眠を含めた高次脳機能がTSHの糖鎖構造に影響し、マクロTSH形成にかかわること、が明らかになり、神経内分泌学的知見だけでなく、内分泌の臨床においても極めて重要な成績と考えている。

研究の背景

通常、血清甲状腺ホルモン刺激ホルモン(TSH)は、血清甲状腺ホルモン値に応じて、脳視床下部で産生される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を介して脳下垂体からの産生が厳密に制御されており、甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモンが低下すると、血中TSH値が上昇し、反対に甲状腺機能亢進症では低下する。高感度TSH測定法の開発により、血清TSH値は甲状腺機能を最も鋭敏に反映し、最近では甲状腺機能をスクリーニングするための検診や、甲状腺機能異常の薬物療法の調節を行うための指標として広く用いられている。

このようなヒトのTSHの制御にTRH以外の他の脳機能や、種々の臨床因子がかかわる可能性はほとんど知られていなかった。また従来より稀な疾患として、免疫グロブリンと結合した血清TSHが、代謝を受けずに高濃度で血中に滞留する「マクロTSH血症」が知られていたが、一般患者の血清TSH値に免疫グロブリンが結合したマクロTSH分画が含まれることは、全く想定されていなかった。

研究手法と成果

我々は動脈硬化、糖尿病、慢性腎臓病、メタボリックシンドロームの発症に、客観的に定量化した睡眠、疲労、自律神経機能などの神経内分泌学的機能がどのように関与するかを明らかにするため、2010年に本学でHyogo Sleep Cardio-Autonomic Atherosclerosis (HSCAA)コホート研究を開始し、現在1,000名以上の患者が平均約2.5年追跡されている。

本コホート研究に登録された患者のうち、甲状腺疾患を有しない314名の患者の血清TSHを解析した。驚いたことに、対象の血清TSH値が正常範囲にあるにもかかわらず、ほとんどすべての患者のTSHの60-90%が血清蛋白と結合したマクロTSHとして存在していた。ゲル濾過法により、血清TSHはマクロTSHとフリーTSHの2分画に溶出され、ポリアクリルアミド電気泳導、レクチン親和性カラムクロマトグラフィーなどの解析により、マクロTSHは、糖鎖構造の異なったTSHが免疫グロブリンと結合した状態であることが示された。

さらに、このマクロTSHの高値は、アクティグラフで評価した睡眠の効率や睡眠の質の悪化の指標と有意な関連を示した。以上より、甲状腺機能に独立して、睡眠障害がTSH分子の糖鎖構造変化に影響し、血清でマクロTSHを形成する可能性を示しており、TRH制御以外の高次脳機能がTSH調節機構に影響する可能性がヒトにおいて初めて明らかになった。この結果は、血清TSH値の評価に甲状腺機能だけでなく、睡眠障害などの影響を考慮する必要性も示しており、神経内分泌学的見地だけでなく内分泌臨床においても極めて重要な知見と考えている。

今後の課題

1.甲状腺疾患の評価におけるマクロ TSHの考慮
2.睡眠障害のバイオマーカ―としてのマクロ TSHの意義
3.マクロTSHとインスリン抵抗性など、メタボリックシンドローム・糖尿病・動脈硬化発症予知因子としての意義
4.下垂体におけるTSH糖鎖構造の制御機構と高次脳機能との関連
5.睡眠障害の新しい標的因子を同定できる可能性と、創薬などの新しい治療標的の提示

研究費等の出処

科研費 JP16K19562(角谷学)、23591329(小山英則)

掲載誌

Scientific Reports(13th, March, 2017)