研究業績

「呼吸サルコペニア」が術後身体機能の回復を遅延させるリスク因子に - 大学院生の研究成果が学術誌に掲載-

兵庫医科大学大学院リハビリテーション科学研究科 病態運動学分野(内部障害) 大学院生 清水和也(博士後期課程1年)、准教授 松沢良太、教授 玉木 彰らの研究グループは、心大血管手術前のルーチン検査であるComputed Tomography(CT)検査と呼吸機能検査を組み合わせることで、「呼吸サルコペニア(呼吸筋量と呼吸筋力の併存した低下)」を評価し、これが術後の身体機能回復を遅延させるリスク因子であることを明らかにしました。
本研究論文は、循環器領域の主要な国際学術誌であるCanadian Journal of Cardiology (2024 JOURNAL IMPACT FACTOR: 5.3)に掲載されました。

兵庫医科大学大学院リハビリテーション科学研究科の清水和也さん

論文タイトル

Prognostic significance of preoperative respiratory sarcopenia for functional recovery after cardiovascular surgery

研究の背景

心大血管手術後における身体機能の回復遅延は、生活の質(QOL)の低下や死亡リスクの上昇に直結する重大な課題です。その主因の一つに術後の呼吸機能不全がありますが、これは手術侵襲や人工心肺による炎症、開胸に伴う呼吸力学の変化に対し、呼吸器系が極めて脆弱であることに起因します。これまで術前リスク評価に用いられてきた肺機能検査は、主に肺胞病変や気流制限を対象としており、呼吸を駆動する「ポンプ」である呼吸筋そのものの健全性を直接反映するものではありませんでした。
近年、呼吸筋の量と筋力が共に低下した状態を指す「呼吸サルコペニア(respiratory sarcopenia)」という新たな概念が注目されています。これは慢性呼吸器疾患の有無にかかわらず生じる病態であり、術前からこの呼吸筋が脆弱な患者は、手術侵襲や人工呼吸管理に対する耐性が低く、術後の機能回復を阻害するリスクが高いと考えられます。
そこで本研究では、術前CT画像から算出した横隔膜厚(Diaphragm Thickness Index: DTI)および%最大呼気流量(%PEFR)により診断した術前の呼吸サルコペニアが術後の身体機能回復を予測する独立した因子となるかを検証しました。

研究手法と成果

対象は単一施設で待機的心大血管手術を受けた231名とし、術前CT画像を用いた横隔膜厚(DTI)による呼吸筋量と、%最大呼気流量(%PEFR)による呼吸筋力を評価し、両者が共に基準値を下回る場合を「呼吸サルコペニア」と定義しました。術後の身体機能回復はShort Physical Performance Battery(SPPB)で評価し、術後14日目のスコアが術前と比較して1点以上減少した場合を「回復遅延」と判定しました。
呼吸サルコペニアが術後の機能回復に与える影響を評価するため、多変量解析を行いました。ロジスティック回帰分析の結果、術前の呼吸サルコペニアは、FEV1.0%、全身性サルコペニア、およびEuroSCORE II等の臨床的特徴を調整した後も、独立して術後身体機能の回復遅延と関連することが明らかになりました。また、既存のリスク評価モデルに呼吸サルコペニアを統合することで、予測精度が有意に向上することも確認されました。
本知見は、従来の呼吸機能評価では捉えきれない呼吸ポンプの脆弱性が、術後機能回復の重要な要因であることを示唆しています。特に、呼吸サルコペニアが全身性サルコペニアとは独立したリスクであった点は、全身の筋肉量は保たれていても呼吸筋の脆弱性があれば術後回復が阻害される実態を浮き彫りにしています。
手術までの待機期間は、術前介入を行うための貴重な機会となります。術前の呼吸サルコペニア評価は、回復遅延のリスクが高い患者を早期に特定し、呼吸筋に着目したプレハビリテーション等の適切な治療介入を検討する上で極めて有用な指標になると期待されます。

本研究の視覚的要約

今後の展望

本研究により、術前の呼吸サルコペニアが術後身体機能の回復遅延に対する独立したリスク因子であることが明らかになりました 。この知見は、従来のフレイルや全身性サルコペニアの評価のみでは捉えきれなかった潜在的なハイリスク患者の特定を可能にするものです。
将来的には、呼吸サルコペニアに該当する患者に対し、呼吸筋を標的としたプレハビリテーションを導入することで、術後の機能回復を促進し、予後を改善しうる新たな治療戦略の構築を目指します。

掲載情報

Canadian Journal of Cardiology
(2024 JOURNAL IMPACT FACTOR: 5.3)
DOI: 10.1016/j.cjca.2026.02.014

論文著者名

清水 和也 兵庫医科大学大学院 リハビリテーション科学研究科 病態運動学分野(内部障害)博士課程1年
松沢 良太 兵庫医科大学 リハビリテーション学部 理学療法学科 内部障害理学療法学 准教授
玉木 彰  兵庫医科大学 リハビリテーション学部 理学療法学科 内部障害理学療法学 教授

研究費等の出処

兵庫医科大学大学院