研究業績
母親の妊娠中のPFASばく露と4歳までの小児の神経発達との関連性:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
兵庫医科大学 看護学部 島正之、国立成育医療研究センター エコチル調査メディカルサポートセンター チームリーダーの目澤秀俊らの研究チームは、エコチル調査 詳細調査に参加した約4,500人を対象に、妊婦の血中PFAS濃度と生まれた子どもの2歳時および4歳時点の発達との関連を解析しました。その結果、PFAS 混合物全体、PFNA、PFUnA、PFDoA、PFTrDA と、2 歳および4 歳時の⼦どもの発達(全般的な発達と⾔語発達)との間に発達を促進する関連性が観察されました。⼀⽅で、PFHxS と2 歳時の⼦どもの「認知適応」(折り紙や積み⽊など、指先を使う細かい動き)発達との間に発達を遅くする関連性が観察されました。今回の妊婦の⾎中PFAS 濃度と、2、4 歳時点の発達に⼀貫した傾向は観察されませんでした。引き続き、PFAS を含む化学物質と、より⻑期的な⼦どもの発達の関連を調べていくことが必要です。本研究の成果は、2025 年9 ⽉27 ⽇付でELSEVIER から刊⾏される環境疫学分野の学術誌『Environment International』に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意⾒であり、環境省及び国⽴環境研究所の⾒解ではありません。
論題
Associations Between Maternal Exposure to Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Childhood Neurodevelopment up to Age 4: The Japan Environment and Children’s Study
母親の妊娠中のPFASばく露と4歳までの小児の神経発達との関連性:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
論文著者名
目澤秀俊 国立成育医療研究センター エコチル調査研究部
江口哲史 千葉大学予防医学センター 環境健康学講座
山本 緑 千葉大学予防医学センター 環境健康学講座
島 正之 兵庫医科大学 エコチル調査兵庫ユニットセンター
徳田成美 兵庫医科大学 エコチル調査兵庫ユニットセンター
中山祥嗣 国立環境研究所 エコチル調査コアセンター
上島通浩 名古屋市立大学 環境労働衛生学講座
6グループ エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
研究概要
・エコチル調査にご協力いただいた妊婦のうち、対面調査と血中PFAS濃度を測定した約4,500人を調べました。
・血中PFAS濃度を測定した妊婦から誕生した子どもを追跡し、2歳、4歳時点の発達について、対面検査 新版K式発達検査2002(※2)、質問尺度JASQ-3(※3)で評価しました。
・測定された28種類のPFAS中、60%以上の妊婦で報告限界値(※4)を超える濃度が検出された8種類のPFASと混合物全体を解析に使用しました。
・PFAS(例:PFAS混合物、PFNA、PFUnA、PFDoA、PFTrDA)と新版K式発達検査における2歳時および4歳時の全般的な発達と言語発達との間には、一貫して発達を促進する関連を認めました。しかし、今回の調査結果は2歳時と4歳時における評価結果であり、その後の発達については今後の長期的な観察と評価が必要です。
・2歳時の新版K式発達検査において、PFHxSと「認知適応」の発達との間に発達を遅くする関連が一つだけ認められました。
研究の背景
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート(集団を追跡する)調査です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し、保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
PFASの一部は、環境中で分解されにくい性質を持ち、環境生物ならびに人への影響が懸念されています。特に、環境化学物質の影響を受けやすいとされる胎児や子どもの健康・発達への影響が注目されています。そこで本研究では、胎児期のPFASのばく露の指標となる母親の血中PFAS濃度と生まれた子どもの2、4歳時点の発達との関連を明らかにすることを目的としました。
研究手法と成果
エコチル調査詳細調査の協力者のうち、妊娠中のPFAS濃度を測定し、2歳と4歳時点で新版K式発達検査を行った4,585名を対象に解析しました。測定された28種類のPFAS中、60%以上の妊婦で報告限界値を超える濃度が検出された8種類のPFASを解析に使用しました。また、PFAS濃度はエコチル調査参加者のうち、約2万5000人で測定されており、そのPFAS濃度全体からPFAS混合物スコアを項目反応理論(※5)に基づき作成しました。子どもの発達は、2歳と4歳時に新版K式発達検査2002、質問尺度JASQ-3で評価しました。新版K式発達検査は、子どもの発達を3つの領域(姿勢運動、認知適応、言語社会)と全体で評価しました。また、JASQ-3は発達の遅れを見るために5種類の発達領域(コミュニケーション、粗大運動、微細運動、問題解決、個人・社会)について発達の度合いを得点化し、4歳までの得点のパターンでグループに分けて調べました。
結果として、PFAS(例:PFAS混合物、PFNA、PFUnA、PFDoA、PFTrDA)と新版K式発達検査における2歳時および4歳時の全般的な発達と言語発達との間には、どちらも発達を促進する関連が観察されました。その一方、2歳時の新版K式発達検査において、PFHxSと「認知適応」発達との間に発達を遅くする関連が一つだけ観察されました。JASQ-3の分析では、有意な差は認められませんでした。これは、JASQ-3は発達の遅れのみを検出できる質問票であるため、新版K式発達検査の結果と矛盾しない結果です。
今後の展望
今回の結果は、8種類のPFASを解析したものであり、その他の種類のPFASと発達との関連はまだ分かっていません。また、PFASは母親の妊娠中のみを測定したものであり、出産後に子どもがばく露したPFAS等の影響を受けている可能性があります。PFASが発達を促進させるかもしれない、という仮説に関わる説明可能なメカニズムについては分かっていません。また、未知の交絡因子(※6)の影響を受けている可能性があるため、引き続き子どもの健康・発達に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにしていくことが期待されます。
用語解説
(※1)PFAS
炭素とフッ素の結合を含む有機化合物のうち、ペル及びポリフルオロアルキル化合物(per- and polyfluoroalkyl substances)を総称して「PFAS」と呼びます。PFASの中にははっ水・はつ油性を有するものがあり、はっ水はつ油剤、界面活性剤、消火剤、調理器具のコーティング剤などに使用されています。しかしながら、環境中で分解されにくい性質から、環境・生態系並びに人への影響が、近年、危惧されています。
(※2)新版K式発達検査2002
子どもの発達を検査者が子どもとのやりとりを通して評価する発達検査です。「姿勢運動(歩いたり走ったりするような体全体を使った大きな動き)」、「認知適応(折り紙や積み木など、指先を使う細かい動き)」、「言語社会(言葉や他の人のとのやりとりなど)」という3種類の発達領域と、全体的な発達をそれぞれの年齢と比較して調べることができます。エコチル調査では、検査者に対して追加のトレーニングを行い、より厳格に実施しています。
(※3)JASQ-3
正式名称は、Japanese version of the Ages and Stages Questionnaires, Third Editionです。養育者がお子さんの日ごろの様子を観察して回答する専門の質問尺度です。JASQ-3では「コミュニケーション」「粗大運動」「微細運動」「問題解決」「個人・社会」という5種類の発達領域のそれぞれについて、発達の遅れを得点化して検出することができます。
(※4)報告限界値(Method reporting limit)
ある分析手法で物質を検出・測定しようとしたときに、物質がある一定量以上なければ確実に測定することができません。その最小値を報告限界値と呼びます。
(※5)項目反応理論
個人の潜在的なばく露負荷(θ)を想定し、PFASのばく露しやすさ・識別力から反応確率をモデル化してPFAS混合物スコアを計算します。これにより、妊娠中の8種類のPFAS全体のばく露が多いか少ないかを評価することができます。
(※6)交絡因子
原因と結果の関連性をゆがめたり、見かけ上の関連を生じさせたりする第 3 の因子のことです。詳しくはQ&Aをご覧ください。
掲載情報
掲載誌:Environment International
DOI: 10.1016/j.envint.2025.109824