研究業績

AIで医学部生の解剖学的構造理解をアシスト 学術誌「Surgery」に論文掲載

兵庫医科大学 医学部 消化器外科学(上部消化管外科) 助教 中尾 英一郎、主任教授 篠原 尚、生物統計学 准教授 井桁 正尭らの研究グループは、人工知能(AI)がリアルタイムで手術画面上の臓器をハイライト表示する「AI視覚化システム」を活用し、特定の臓器を着色することで、経験の浅い医学部生の解剖認識力が向上するかを検証しました。その結果、同システムを使用し手術観察教育を受けた学生は、使用しなかった学生に比べて膵臓などの複雑な臓器をより正確に認識できるようになったことが示唆されました。
この結果は、臨床的実践性・教育的意義・手術技術の応用可能性が国際的に評価される学術誌「Surgery」に掲載されました。

論題

Effectiveness of artificial intelligence—based visualization for surgical anatomy education: A cluster quasirandomized controlled trial

筆頭著者名

中尾 英一郎 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)助教 

責任著者名

篠原 尚 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)主任教授 

共著者名

井桁 正尭 兵庫医科大学 医学統計学 准教授 
石田 善敬 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)臨床教授
倉橋 康典 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)講師
中村 達郎 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)講師
北条 雄大 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)助教 
晃野 秀梧 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)助教
村上 幹樹 兵庫医科大学 消化器外科学(上部消化管外科)病院助手 

研究のポイント

1. 最新のAI技術で手術中の臓器をリアルタイムにハイライト表示することで、医学部生にとって難解な解剖学的構造をより正確に認識できることを実証し、伝統的な指導以上の学習効果が期待できます。
2. AIの活用で、経験豊富な外科医の知見を体系的に提供でき、手術トレーニング不足という課題解決と、若手が外科医を志望するきっかけとなる環境づくりに役立つことが期待されます。
3. この技術を実際の手術に組み込むことで、識別困難な臓器を確実に認識でき、誤認や臓器損傷のリスク低減につながり、安全で質の高い医療の提供に貢献できる可能性があります。

研究の概要と背景

手術技術は、腹腔鏡下手術やロボット支援手術など最小侵襲手術へと進化し、高画質な3D映像も利用できるようになりました。熟練した外科医は、周囲の組織や血管パターン、色のわずかな違いなどから臓器を正確に認識できるうえで最先端の技術を応用することができます。しかし、経験の浅い医学部生や研修医にとっては、絶えず変化する内視鏡画像から複雑な臓器(特に膵臓など)を見分けることは非常に難しく、教育上の課題となっています。また指導医による「ここ」や「あそこ」といった抽象的な表現では、どこに着目すべきか理解しづらく、受動的な観察だけでは効果的な学習につながりにくい状況がありました。
一方、人工知能(AI)は医療分野でも急速に進歩しており、画像から臓器を自動認識する技術が開発されています。本研究では、AIがリアルタイムで手術画面上の臓器をハイライト表示する「AI視覚化システム」を活用し、教育的有効性を検証するとともに、熟練外科医の知見を体系的に学生へ提供できる可能性についても検討しました。

研究手法と評価方法

【研究手法:対象と試験デザイン】
医学部5年生81名を、従来の手術観察教育を受けるグループ(C群:41名)と、従来の手術観察教育に加えて、AIによる臓器ハイライト表示機能付きで観察するグループ(A群:40名)の2つに分けました。

【評価方法】
学生が手術画面から膵臓の領域を6つの静止画像に手書きで囲む課題を、手術観察前後に行いました。専門家による正解画像と学生の回答を比較し、以下の3つの指標で評価しました。

recall(再現率) 見落とした部分がないか(感度)
precision(精度率) 間違って囲んだ部分がないか(特異度)
Dice係数 上記2つを総合的に評価した指標

研究成果

両グループとも手術観察後に学習効果がみられましたが、A群がC群より優れた成果を示しました。

指標 A群 C群
Recall 0.112 0.013の改善(P=0.020)
Precision 0.048 0.037(P=0.746)
Dice係数 0.087 0.028(P=0.097)

散布図分析では、A群の多くの学生が見落とし(false negative)を減らしながら、誤って囲む範囲(false positive)を増やさなかった点が特徴的です。つまり、AI活用によってより確実で正確な認識ができるようになったことが示唆されます。
また、学生の主観的評価において、86.5%の学生が「AI視覚化システムにより膵臓認識が簡単になった」と回答し、91.9%が「AI統合は手術解剖学学習の効果的な方法である」と評価しました。

今後の展望

本研究は医学部生を対象に実施しましたが、 今後は研修医や若手外科医への応用も検討します。 教育ツールとしてだけでなく、実臨床を支援するツールへ発展させることで、将来的には実際の手術中に本システムを活用し、若手外科医の判断を支援し、臓器損傷のリスクをさらに低減できる可能性があります。
AIは手術教育の質を向上させるだけでなく、安全で質の高い医療を提供にも寄与し、次世代の外科医育成に大きく貢献することが期待されます。

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