研究業績
口腔環境を整える共生細菌の候補を発見
兵庫医科大学 医学部 歯科口腔外科学 主任教授 岸本裕充、臨床教授 野口一馬、兵庫医科大学病院 歯科口腔外科 病院助手 塙 荘太郎 、兵庫医科大学 医学部 病原微生物学 主任教授 石戸 聡らの研究グループは、口腔癌患者と健常者の唾液細菌叢を解析し、癌発症や進行に伴い減少する善玉菌群(Rothia属とStreptococcus属)を特定しました。さらに、Rothia属とStreptococcus属の間に強い相関を見出し、代表種であるRothia dentocariosaがStreptococcus salivariusの生存を支援することを明らかにしました。これにより、プロバイオティクスとして、両菌種を同時投与することによって、より安定で健康的な口腔環境の維持を期待できる可能性が示されました。この論文は、2025年9月5日に、”Microbiology spectrum”に掲載されました。
論題
Identification of beneficial symbiont candidates in commensalism as potential oral gatekeepers
主な著者
塙 荘太郎(歯科口腔外科 病院助手)
石戸 聡(病原微生物学 主任教授)
野口 一馬 (歯科口腔外科学 教授)
岸本 裕充 (歯科口腔外科学 主任教授)
研究のポイント
1. 本学の歯科口腔外科学、病理学、病原微生物学が中心となり、理化学研究所、関西医科大学と協働することによって、口腔におけるいわゆる善玉菌の候補を見出した。
2. 善玉菌を助ける善玉菌の候補を見出した。
3. 善玉菌候補によるサポートのメカニズムを見出した。
4. 今回見出されたサポートする善玉菌をプロバイオティクスとして追加投与することにより、より安定で健康な口腔環境維持が可能になると考えられる。
研究の背景
口腔癌患者は、現在、世界レベルで増加傾向にある。癌発生の原因として、歯周炎などの慢性炎症が考えられている。さらに、慢性炎症が、口腔細菌叢のバランス異常、いわゆるdysbiosisに起因するとの報告がなされている。したがって、炎症および癌予防として、健康な口腔環境の維持が注目されている。現在、口腔環境の維持を目的として、Streptococcusなどいわゆる善玉菌の投与が行われている。しかしながら、一律に維持効果が認められているわけではない。投与された善玉菌の効果が発揮されるためには口腔に定着する必要があり、その定着にはすでに口腔に存在している細菌叢による環境状態が重要になる。そこで、さらなる善玉菌および環境維持のメカニズムを探索するために、本学において、口腔癌患者と健常ボランティアの間にて、変化している細菌群を調べ、さらに、進行口腔癌と非進行癌との間にて変化している細菌群を調べた。そして、癌及び、進行癌患者にて優位に減少している細菌群を抽出することによって、口腔の善玉菌の候補を得ることを試みた。さらに、それらの細菌間の相互関係を検討することのよって細菌叢による環境維持のメカニズムについての検討を行った。
研究内容と成果
口腔癌と健常ボランティアの唾液に含まれる細菌叢を、16S rRNAシーケンスによって決定し、その違い、及び、細菌群の関係を統計学的に解析した。さらに、癌発症、および、癌進展によって減少している細菌群を健常ボランティアの唾液より分離し、それらの相互関係についてin vitroにて解析した。その結果、いくつかの善玉菌の候補を得た。その中で、Rothia属とStreptococcus属の間に、強い相関があることを見出し、それらの代表細菌である、Rothia dentocariosaがStreptococcus salivariusの生存をサポートすることを見出した。すでに、Streptococcus salivariusは口腔環境維持目的にて臨床にて使われていることから、Rothia spp.との同時投与にて、より安定で健康な口腔環境の維持を達成できる可能性が示唆された。
今後の課題
Rothia spp.がStreptococcus spp.をサポートするために、どのような代謝産物を産生しているのかを明らかにする必要がある。そのような代謝産物を用いることで、Streptococcus spp. をより安定に口腔での定着を促し、健康な環境維持が可能になると考えられる。
研究費等の出処
この研究は、JSPS科学研究費補助金奨励研究(課題番号JP23H05357(塙荘太郎))、JSPS科研費補助金(課題番号JP22K09106(吉川恭平))、2021年度兵庫医科大学研究推進費(吉川恭平)、および2021年度兵庫医科大学医学部大学院生支援(塙壮太郎)の支援を受けて行われました。
掲載誌
Microbiology spectrum(IF3.8)