研究業績

母親の仕事での有機溶剤使用と 子どものウエスト症候群発症との関連

兵庫医科大学(兵庫県西宮市、学長:鈴木敬一郎)の医学部小児科学およびエコチル調査兵庫ユニットセンターらの研究チームは、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)の約10万組の親子のデータをもとに、妊娠中に仕事で使用した揮発性有機溶剤を含む物を半日以上使用した頻度と子どもの難治なてんかんの一種であるウエスト症候群発症との関連について解析しました。その結果、油性マーカーを使用した頻度が多くなると発症した子どもの割合が高くなることが分かりました。このことから、母親が妊娠中に仕事で半日以上油性マーカーを使用した頻度とウエスト症候群の発症に関連がある可能性が示唆されました。なお、本研究は因果関係を示すものではありません。また、油性マーカーの種類が明らかでないこと、油性マーカーに含まれた物質の影響かどうかは明らかでないこと、他の物質の影響を全ては検討できていないといった限界があります。本研究の成果は、令和6年12月28日付でSpringer Nature社から刊行される総合科学分野の学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。

論題

Association between maternal usage of volatile organic compounds and West syndrome, The Japan Environment and Children’s Study

著者

Hideki Shimomura(1), Naoko Taniguchi(1)(2), Tetsuro Fujino(1)(2), Sachi Tokunaga(1),Yohei Taniguchi(1),Takafumi Nishioka(1),Narumi Tokuda(2), Masumi Okuda(1), Masayuki Shima(2)(3), Yasuhiro Takeshima(1), and the Japan Environment and Children’s Study Group(4)

1 下村 英毅、谷口 直子、藤野 哲朗、徳永 沙知、谷口 洋平、西岡 隆文、奥田 真珠美、竹島 泰弘:兵庫医科大学 医学部 小児科学
2 谷口 直子、藤野 哲郎、德田 成美、島 正之:エコチル兵庫ユニットセンター
3 島 正之:兵庫医科大学 医学部 公衆衛生学

(所属は論文投稿時)

研究のポイント

●エコチル調査のデータを使用し、妊娠中に仕事で使用した有機溶剤を含むと考えられる用品(灯油・石油・ベンジン・ガソリン、油性マーカー、水性ペイント・インクジェットプリンタ、有機溶剤)の使用頻度と、2歳までのウエスト症候群発症との関連について解析しました。
●妊娠中に灯油・石油・ベンジン・ガソリン、有機溶剤を使用した頻度とウエスト症候群発症に関連は認めませんでした。
●油性マーカーの使用頻度とウエスト症候群の発症の関連を調べたところ、母親の油性マーカーの使用頻度が高いとウエスト症候群を発症する割合が高くなることがわかりました。

研究の背景

子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
ウエスト症候群は、乳児期に様々な原因により発症する難治なてんかんの一種です。主な原因は周産期の異常や先天異常ですが、明らかな原因が見つからない場合もあります。近年、遺伝学的検査手法の進歩により、原因が見つからなかった患者さんの一部で、遺伝子異常が原因であることが分かってきました。遺伝子異常は、様々な要因が影響するため、特定の要因を原因として断定することは困難です。動物実験等により、有機溶剤の中には人の身体で遺伝子の変化を導く可能性があると報告されています。そこで、私たちは妊娠中の有機溶剤を含んだ用品や、そのものの使用頻度が子どものウエスト症候群の発症に関連があるかどうかを調査しました。

研究内容と成果

本研究ではエコチル調査に登録され、妊娠初期から生後2歳までに得られた約10万組の親子のデータのうち、自己記入式質問票に有効な回答があった88,280名を対象としました。解析は、妊娠中に仕事で有機溶剤を含むと考えられる用品、あるいは有機溶剤そのもの(灯油・石油・ベンジン・ガソリン、油性マーカー、水性ペイント・インクジェットプリンタ、有機溶剤)を半日以上使用した頻度(使用していない、月に1~3回、週に1回以上)と、子どもの生後2歳までのウエスト症候群発症との関連を解析しました。
統計解析は、母親の職業、母親の年齢、出産時の週数、子どもの性別を共変量※1としてロジスティック回帰分析※2を用いました。また、油性マーカーの使用頻度との関連性についても解析を行いました。
その結果、油性マーカーあるいは水性ペイント・インクジェットプリンタを月に1回以上(1回あたり半日以上)使用した場合、ウエスト症候群を発症するリスクが高くなることが分かりました。ウエスト症候群を発症した子どもの母親で水性ペイント・インクジェットプリンタのみを使用していた方はいなかったため、水性ペイント・インクジェットプリンタの使用頻度とウエスト症候群の発症については解析できませんでした。油性マーカーの使用頻度とウエスト症候群の発症については、使用していない、月に1~3回、週に1回以上の順にウエスト症候群の発症リスクが高くなることがわかりました。

今後の展開

今後は、油性マーカーを使用することが、ウエスト症候群の発症にどのような影響を及ぼしているのかを検討する必要があると考えています。エコチル調査からは引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待されます。
今回の研究にはいくつかの限界があります。1点目として本研究では有機溶剤を含むと考えられる用品あるいはそのものの「使用」を質問紙で収集しているため、物質へのばく露の影響は正確に検討できていません。2点目は、質問紙で情報を収集しているため、有機溶剤の種類、量、濃度、使用した用品以外からの影響が検討できていません。3点目は妊娠中にばく露した他の物質、出産後に子どもがばく露した物質が検討できていません。最後に、ウエスト症候群の発症に影響したのがばく露した物質なのか、他の職場環境なのかを検討することはできませんでした。

用語解説

※1 共変量:結果に影響を与える因子
※2 ロジスティック回帰分析:複数の要因が関連する場合に特定の事象がおこる確率を検討するための統計手法
※3 ウエスト症候群:乳幼児期に発症する難治なてんかんの一つであり、速やかな治療が必要である。原因が不明な場合も多い。

掲載誌

Scientific Reports

ニュースリリース