研究業績

医学生による研究が英文学術誌に学会発表と同時掲載 ―2型糖尿病患者の心血管イベント一次予防に投与される低用量アスピリンの副作用は、投与開始から3年以降でリスク低下―

兵庫医科大学(所在地:兵庫県西宮市、学長:鈴木 敬一郎)医学部6年生 桝谷 直子、社会医学データサイエンス部門 主任教授 森本 剛らの研究グループは、2型糖尿病患者の心血管イベント一次予防に投与される低用量アスピリンについて、消化器症状などの副作用の発生率の長期的な影響を分析し、投与開始から3年を経過するとそのリスクが低下することを明らかにしました。
本研究成果は、9月29日に仙台市で開催された第72回日本心臓病学会 学術集会において口頭発表され、同日にAmerican Journal of Cardiovascular Drugs誌にオンライン出版されました。学会発表と英文学術誌への同時掲載はトップクラスの研究者による大規模研究がほとんどであり、医学部学生による達成は例がありません。

本研究のポイント

●2型糖尿病患者の心血管イベント一次予防に投与される低用量アスピリンの消化器症状などの副作用は、投与開始後3年を経過するとリスクが低下することが明らかとなった。
●アスピリンを服用中あるいはこれから服用が検討される患者さんにとって、服用判断の役に立つ。

研究の概要

2型糖尿病患者における低用量アスピリンのランダム化臨床試験であるJPAD試験及びフォローアップ研究(観察期間中央値11.2年)のデータを用いて、アスピリン群1258人(アスピリン腸溶錠951人、アスピリン緩衝錠208人、種類不明99人)と非アスピリン群1277人における上部消化管症状または出血の発生率を3年以内及び3年以降で検討し、上部消化管症状または出血の累積発生率は、アスピリン群で有意に高く、全期間におけるアスピリン群のハザード比(HR) [95%信頼区間(CI)]は2.20 [1.52-3.18]であった。アスピリン群のリスクは3年以内に顕著であったが(HR 7.10 [3.21-15.7])、3年以降は減弱した(HR 1.20 [0.76-1.89])。アスピリン群において、3年以内の腸溶錠群の調整後HRは0.38 [95%CI 0.20-0.72]と緩衝錠群よりも低かった。
これらの観察から、低用量アスピリンによる上部消化管症状及び出血は投与開始後3年に注意が必要であるが、3年を経過するとリスクは低下することが明らかとなった。

研究の背景

低用量アスピリンは心血管イベントハイリスク患者に対して、一次予防、二次予防として広く利用されている。特に、糖尿病患者は心血管イベントのハイリスクであり、米国では60歳以上の糖尿病患者の62%が低用量アスピリンを服用している。一方で、低用量アスピリンの副作用である出血リスクのある患者に対しては、低用量アスピリンの一次予防は推奨されておらず、特に消化管出血やその前段階である消化器症状の発生率や発生時期についての臨床疫学が求められている。

研究手法と成果

ランダム化臨床試験及びフォローアップ研究の事後解析を行い、2型糖尿病患者における低用量アスピリンの心血管イベント一次予防を評価したランダム化臨床試験であるJapanese Primary Prevention of Atherosclerosis with Aspirin for Diabetes (JPAD) Trialに登録された患者 2535人(アスピリン群1258人、非アスピリン群1277人)について、2002年12月の登録開始から最終フォローの2021年7月まで最長19年間の観察を行い、上部消化管症状(上腹部痛、悪心、嘔吐、食欲不振など)と上部消化管出血からなる複合エンドポイント(上部消化管イベント)及び出血を除く上部消化管症状、上部消化管出血、全ての出血性イベントを評価した。
各イベントの累積発生率を比較し、アスピリン群について、緩衝錠群951人と腸溶錠群208人に分けた解析も行った。観察期間をランダム化後3年以内と3年以降で分けて、ランドマーク解析を行い、各イベントの累積発生率及びCox比例ハザードモデルを用いたハザード比(HR)及び95%信頼区間(95%CI)を推定した。
登録時の平均年齢は65歳であり、男性は55%、糖尿病罹病期間の中央値は7年の患者において、18年時点における上部消化管イベントの累積発生率はアスピリン群8.8%に対して非アスピリン群5.7%であった。3年時点におけるランドマーク解析の結果、3年以内におけるアスピリン群のHRは7.1 [95%CI 3.2-15.7]であったのに対して、3年以降では1.20 [95%CI 0.76-1.89]と3年を境に、その影響は大きく減弱していた。出血を除く上部消化管症状についても3年以内におけるアスピリン群のHRは11.4 [95%CI 4.09-31.7]であったのに対して、3年以降では1.14 [95%CI 0.62-2.1]であった。上部消化管出血及び全ての出血性イベントに関しては、イベント発生率が低く、有意差は認められなかった。アスピリン群において、緩衝錠群と腸溶錠群を比較したところ、上部消化管イベントに対する腸溶錠群の補正後HRは3年以内で0.39 [95%CI 0.21-0.73]と緩衝錠群よりも発生リスクが有意に低いことが明らかとなった。

今後の課題

ランダム化臨床試験を、試験終了後も長期にフォローすることで、当所想定してなかった新しい知見が得られることとなった。臨床試験の終了後であり、元々のランダム化からは異なる治療となっている可能性はあるが、割り付け治療を変更した患者さんは全体の15%であり(Circulation 2017;135:659)、本結果は、これから低用量アスピリンの服用を始めようとする患者さんのみならず、現在服用中の患者さんがこれからどうするか、という判断に役に立つと考えられる。
従来のリスク因子分析やガイドラインにおいては、治療を始めるときのリスクを勘案して治療選択を行うことが一般的であるが、このように長期的な観察を行うことで、コホートやリスクが変わる可能性があることが示されたことから、長期的な管理が必要な他の予防医療についても同様の長期観察が求められる。

研究費の出処

なし

掲載情報

掲載誌
American Journal of Cardiovascular Drugs(IMPACT FACTOR : 2.8)

論文タイトル
Long-term effects of low-dose aspirin on gastrointestinal symptoms and bleeding complications in patients with type 2 diabetes
「2型糖尿病患者に投与された低用量アスピリンが消化器症状や出血性合併症に与える長期影響」

論文著者名
桝谷 直子(兵庫医科大学医学部医学科6年生)、小川 久雄(熊本大学学長)、副島 弘文(熊本大学准教授)、岡田 定規(奈良県立医科大学講師)、桝田 出(京都医療センター研究員)、脇 昌子(内閣府食品安全委員会委員)、陣内 秀昭(陣内病院理事長)、齋藤 能彦(奈良県立西和医療センター総長)、森本 剛(兵庫医科大学主任教授)

なお、桝谷さんは低学年から研究医コースにも参加し、基礎的な研究能力を培ったことも、今回の成果に繋がりました。

本件に関する問い合わせ

総務部広報課
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