研究業績

潜在炎症を伴う認知機能障害が自然免疫にかかわる受容体「RAGE」の介在により引き起こされることを解明

兵庫医科大学(所在地:兵庫県西宮市、学長:鈴木敬一郎) 医学部 糖尿病内分泌・免疫内科学 小山 英則 主任教授らの研究グループは、大学院医学研究科 大学院生 叶 大森さん、医学部 糖尿病内分泌・免疫内科学 三好 晶雄 助教を中心に、免疫学(安田 好文 講師、黒田 悦史 主任教授)、薬理学(北岡 志保 主任教授)、金沢大学(山本 靖彦 教授)らとの共同研究として「おもてに現れない炎症(潜在炎症)」を伴う認知機能障害が受容体「RAGE」の介在により引き起こされることを解明しました。

この研究成果は、2023年12月22日にElsevier社が発行する科学誌「Brain, Behavior, and Immunity」(Impact Factor 15.1)オンライン版に掲載されました。 Brain, Behavior, and Immunity Volume 116, February 2024, Pages 329-348

この研究は2018年度からスタートした「Hyogo Innovation Challenge(HIC)事業」の一環として行われているもので、これまでに脳内ストレスがどのように顕在化し、人体にどのような影響をもたらすかについて全学横断的な基礎的・臨床的研究を推進しています。

研究の詳細については下記を参照してください。

論題

RAGE in circulating immune cells is fundamental for hippocampal inflammation and cognitive decline in a mouse model of latent chronic inflammation

論文著者名

Dasen Ye, Akio Miyoshi , Tomoe Ushitani, Manabu Kadoya, Masataka Igeta, Kosuke Konishi, Takuhito Shoji, Koubun Yasuda, Shiho Kitaoka, Hideshi Yagi, Etsushi Kuroda, Yasuhiko Yamamoto, Jidong Cheng, Hidenori Koyama

研究概要

小山らのHIC研究グループは今回、遺伝子改変マウス、骨髄移植、アデノウイルスによる遺伝子発現系などにより作出したマウスモデルを用いた研究により、「潜在炎症」を伴うメタボリックシンドロームなどによる認知機能障害が、自然免疫にかかわる受容体「RAGE」を介した末梢免疫細胞の潜在的な活性化により引き起こされることを明らかにし、RAGEを標的とした予防・治療法の可能性を初めて証明した。

研究の背景

潜在炎症が、メタボリックシンドローム、肥満、糖尿病などに関与することが注目されている。これらの疾患は認知症発症の危険因子として認識されているが、認知機能低下に「潜在炎症」が関与するのか、また関与する場合、そのメカニズムや予防・治療に対する標的因子は全く不明であった。

研究手法と成果

小山らのHIC研究グループは、今までに肥満、動脈硬化などの進行に「RAGE」と呼ばれる自然免疫にかかわる受容体が深くかかわることを示してきた。本研究では、さらに、大学院生の叶大森、三好晶雄助教を中心に「認知機能低下に潜在炎症が関与するのではないか」という仮説を立て検証した。「潜在炎症モデル」としては、微量の細菌性毒素であるリポポリサッカライド(LPS)を4週間持続投与するマウスモデルを用いた。また、RAGE欠損マウスとして、遺伝子改変マウス、または骨髄移植による末梢免疫特異的RAGE欠損マウスを用いて、RAGEの関与の解析を行った。

「潜在炎症モデル」では、血中のIL-1βなどのサイトカイン上昇を惹起しなかったが、体重増加、血糖上昇、内臓脂肪増加など、メタボリックシンドロームと類似した特徴を示し、また空間記憶などの認知機能が障害されていた。
一方、RAGE欠損マウスの「潜在炎症モデル」では、認知機能障害が起こらなかった。
また、「潜在炎症モデル」による認知機能障害は、末梢血単核細胞におけるRAGE依存的な接着因子PSGL-1の誘導、脳海馬傍回の血管内皮細胞の炎症、末梢血由来ミクログリアの増殖・活性化、脳組織中のIL-1β産生増加を介して惹起されることを明らかにした。
さらに興味深いことに、アデノウイルスを用いてRAGEのデコイ受容体を末梢血中に過剰産生させると、潜在炎症による海馬傍回の炎症や認知機能障害をほぼ完全に抑制した。この結果、認知機能障害の標的が末梢免疫細胞である可能性が示された。

本研究により、メタボリックシンドロームなどに深くかかわる潜在炎症がRAGEを介した末梢免疫細胞の潜在的な活性化により、脳内炎症とそれに伴う認知機能障害を引き起こすことが明らかになり、またRAGEを標的とした予防・治療法の可能性が示された。

今後の課題

本研究の結果、メタボリックシンドローム、肥満、糖尿病などに深くかかわる潜在炎症が、脳内炎症、認知機能障害を引き起こすこと、またその主要な標的としてRAGEの意義が明らかになった。本研究により顕在化した疑問として、「高脂肪食などによるメタボリックシンドロームモデルにおいても、同様のメカニズムが該当するのか?」、「そもそもメタボリックシンドロームなどの潜在炎症の原因は何なのか?」、などを挙げることができる。これらの疑問に対する研究は既に実施中で、また本研究の知見を基にした臨床研究への橋渡し研究にも注力している。

研究費等の出処

Hyogo Innovative Challenge事業 (to H.K.), 科研費 (JP20K18914, to A.M.; JP18K08531, to H.K.), 兵庫医科大学大学院生研究助成 (to D.Y.), 兵庫医科大学研究助成 (to A.M.),

掲載誌