研究業績

未解明だった中枢性TRPA1チャネルの役割を明らかにした論文が国際的な学術誌「Scientific Reports」に掲載

国際的な学術誌「Scientific Reports」(20 February, 2023)に、医学部 生理学講座の古賀 浩平准教授(神経生理部門)、荒田 晶子准教授(生体機能部門)らの論文が掲載されました。

本研究は関西学院大学・弘前大学と共同し、Hyogo Innovative Challenge事業の一環として行われたものです。TRPA1(Transient receptor potential ankyrin 1)は末梢神経において冷たさや痛みを感知するチャネルとして広く知られていますが、今回の研究では、中枢性TRPA1チャネルが近傍で生じた低酸素を素早く感知し、興奮信号を伝える役割があることを明らかにしました。詳しくは下記をご覧ください。

論題

TRPA1 as a O2 sensor detects microenvironmental hypoxia in the mice anterior cingulate cortex.

論文著者名

川端 遼(1)(2)、下山 修司(3)、上野 伸哉(3)、矢尾 育子(1)、荒田 晶子(4)(★)、古賀 浩平(2)(★)  

※(1)関西学院大学 理工学研究科 (2)兵庫医科大学 医学部 生理学講座 神経生理部門 (3)弘前大学 医学研究科 脳神経生理学講座 (4)兵庫医科大学 医学部 生理学講座 生体機能部門  ★は責任著者

(写真左から)古賀准教授、川端 遼さん、荒田准教授

研究概要

TRPA1は、末梢神経において冷たさや痛みを感知するチャネルとして広く知られていましたが、中枢神経系に発現しているTRPA1がどのような役割を果たしているかは未解明でした。

今回、私たちの研究グループは、情動や痛みに関わる脳領域である前帯状回皮質のスライス標本を用いて、TRPA1が神経細胞の活動やシナプス伝達にいかに影響するかをパッチクランプ法という細胞内記録法を用いて解析しました。TRPA1をTRPA1作動薬により活性化すると前帯状回の神経細胞が興奮し、活動電位の発生頻度や形状に影響を及ぼすことが分かりました。さらに、前帯状回のTRPA1の生理学的意義として低酸素条件下での検討を行った結果、神経細胞は低酸素状態により二相性の反応を示し、早期に発生する興奮にはTRPA1が、後期の抑制にはATP感受性カリウムチャネル(KATP)が関与していることを明らかにしました。これにより、中枢性TRPA1チャネルは、近傍で生じた低酸素を素早く感知し、興奮信号を伝える役割があることが分かりました。

研究の背景

これまで、TRPA1についての研究は主に末梢神経で進められており、温度や痛みを感知するセンサーとして広く知られています。その一方で、中枢神経においてもTRPA1が発現することは解剖学的研究から示されていましたが、中枢神経系TRPA1の機能については、良く分かっていませんでした。TRPA1は、冷たさやわさびなど様々なもので活性化されることが知られていますが、その他にTRPA1が末梢神経において酸素を感知するということが知られています。脳は全身の酸素消費量の約20%を占める臓器であるため、TRPA1が脳における酸素分圧の変化を感受する酸素センサーとしての役割を果たす可能性も視野に入れて研究に取り組みました。

研究手法と成果

私たちは、成熟雄マウスを用いて前帯状回を含む脳スライス標本を作製しました。第II/III層の錐体細胞からホールセルパッチクランプ記録を行い、TRPA1作動薬を灌流投与した時の静止膜電位や活動電位の発生などの電気生理学的特性と興奮性および抑制性シナプス伝達に対する影響を単一細胞レベルで検討しました。

TRPA1作動薬は、内向き電流を発生させましたが、自発性興奮性および抑制性シナプス伝達に影響は及ぼしませんでした。このことから、TRPA1は錐体細胞に発現している可能性が示唆されました。さらに、活動電位に対する影響を調べると、TRPA1作動薬は活動電位の発生頻度を抑制し、形状も変化させることが分かりました。

次に、前帯状回の錐体細胞を急性低酸素環境下にした時に生じる変化を調べました。通常は95%酸素でバブリングした人工脳脊髄液の灌流液を95%の窒素に置き換えると、早期に興奮、後から抑制の二相性の反応が発生しました。この二相性反応の機構を調べると、早期の興奮にはTRPA1が重要であり、後期の抑制にはKATPチャネルの開口が必要であることが明らかとなりました。

今後の課題

今回の結果から、前帯状回の神経細胞におけるTRPA1の役割の一端が明らかとなりました。急性低酸素条件下では神経細胞に二相性の反応が起こり、特に、早期の低酸素環境下ではTRPA1が低酸素状態を感知して開口すること、後期ではKATPチャネルが開口することで二相性の反応が示されました。

今後は、脳内におけるTRPA1やKATPチャネルが酸素分圧の変化を感知し、神経細胞で生じる活動電位の形状変化などが、どのような仕組みで成り立っているのかを、低酸素とも密接に関係する脳内ストレスの影響も含め検討する予定です。さらに、TRPA1とKATPチャネルが低酸素脳症などの病態にいかに関わるかについて、脳虚血モデル動物とこれらのチャネルとの関連性について解明する予定です。

研究費等の出処

HIC事業関連に関する研究費
持田記念財団 (2023): 研究代表者 古賀 浩平
科研費 (20H03777): 研究代表者 古賀 浩平
科研費 (21K19460): 研究代表者 古賀 浩平
科研費 (22H03446): 研究代表者 野口 光一

掲載誌