永嶋 寛乃さん(第5学年次)

ワシントン大学での研修を終えて

 今回8/5から8/12までの1週間、米国シアトルの世界的にも著名なワシントン大学医学部において生命倫理を中心とする研修に参加させていただきました。主に講義・ディスカッションや病院などの施設見学を行いました。私は特にアメリカと日本の医療の違いに興味がありました。アメリカは様々な人種・宗教・価値観の人が集まる世界一の多民族国家であり、医療における考え方の違いを特に学びたく、これから長い医師人生に生かせることがあると期待して応募させていただきました。日々の研修は大変刺激的で、一生忘れることの出来ない経験となりました。その中でも特に印象に残った講義・施設・経験についてお話ししたいと思います。

 1日目の始めに行われた倫理学を考える際に基盤となるthe 4 box modelについての講義です。私は恥ずかしながらこの概念について耳にしたことはありませんでした。1,症例についての医学的事実2,患者の意向3,生活の質4,宗教や文化などの他の要素から成り立っています。このモデルはこの日だけでも他の先生方から何度も耳にするほど米国では標準的なモデルであると実感しました。日本では頻繁に患者の意向を尊重する傾向にあると思いますがアメリカは日本と違い様々な人種、宗教が集まっている国です。故に4つ目の項目は重点的に議論する必要があり、ディスカッションでもこの要素について考えることが一番難しい要素だと感じました。 日本でも倫理的問題について考える際、このモデルを使うことでより身近になると感じました。

 この日の2.4限目の講義では小児科の生命倫理について学びました。小児では大人と違いどのように同意を得るかが難しい問題です。私たちはいくつかの例を取り上げましたが、医師として迫られているのは親の決定権に従うのでも逆らうのでもなく適切な教育と良好な信頼関係を築くことだと思います。小児科は大人、両親との熟考された対話が必要な科だと改めて感じました。小児の緩和ケアの話題では、小児のための緩和ケア医やグリーフケア医、小児専門の緩和ケアの認定看護師といった人々が独立して存在していることに驚きました。この講義は特殊性のある小児分野での緩和ケアの必要性を実感することができた1時間となりました。日本では緩和ケアチームのいる施設は多くなく緩和ケア医の数は足りていません。十分なチームワークのもと成り立つ緩和ケアチームが小児に限らず日本にも発展すればいいなと思いました。

 難しかった講義の一つとしてスピリチュアルケアについて学びました。日本とアメリカの違いを突きつけられる講義でもありました。アメリカでいう「スピリチュアル」と同じような意味を表す言葉が日本にはなく中々自分の思いをぶつけることが難しかったです。King先生と助手の先生方が時間をかけてロールプレイをされたことでアメリカではどのようにスピリチュアルケアを行い、患者との信頼関係を構築しているか想像がつきやすくなりました。これもさまざまな人種、価値観が混ざり合うアメリカだからこそこのようなケアが充実しているのだと思います。日本では、スピリチュアルヒストリーは医師がとるものであり、限られた時間の中で終わらせなければなりません。患者の喜び・生きる意味を見つけるためにはより一人一人のエピソードに寄り添った医療が必要だと感じました。

 その他に印象に残った講義は、アメリカの医学教育についてです。私達も今回の研修は医学教育の一環として来させていただいているので、大変興味が湧く話題でした。アメリカは一般の大学を卒業後医学を学びます。日本と違って、家庭医について6週間も学ぶ臨床実習や農村に行く実習、講義を単に行うのではなく前日の予習によって自発性を促す所が大変良い点だなと思いました。一方で、抱えている課題は日本と同じようでした。それは国内で医療格差があることです。大学を出た後に農村などの医療の行き届かない地域で働く医師はやはり日本と同様少ないそうです。WWAMIというシステムは田舎で働く人の割合を増やすプログラムで日本と似たような制度があることに驚きました。ワシントン大学の医学生と交流した際はその知識の多さと経験の豊かさに刺激を受けました。アメリカのような実践的で積極性を促す教育が日本には求められているように感じました。

 研修では、病院見学も行いました。全ての病院の規模の大きさに衝撃を受け、終始感動していました。救急センターでは24時間体制のセキュリティと、13カ国語の通訳と150の言語への対応、精神科だけの救急センターなど日本では考えられないシステムが数々見受けられました。シアトルでは売り上げの1%をアートに使うという決まりがあるそうで、街中にも数々の素敵な美術品が多くありますが、病院にもたくさんのアートがあり日本では考えられないほどの芸術面での豊かさと広大な土地の利用方法で街全体で患者さんの癒しの空間を作り上げているように感じました。

 今回の研修を通して日本の医療の素晴らしさも実感しました。日本では国民皆保険制度により私たちはどこにいてもどのような立場でも同じ医療を受けることができますがアメリカでは医療費は個人負担となり高額な治療費を請求されることも多いです。実際、救急病院を見学した際、MRI一度の撮影でも数十万円の費用がかかると伺い、衝撃を受けました。一方でアメリカでは日本のように全ての人が皆平等になるシステムはあまり構築されていないように思います。実際病院の外に一歩出てみると、日本では考えられない程路上生活者や中毒者も多く、正直その格差に戸惑いました。日本の医療が公平・平等に行われていることに大変さ有り難く感じ、二年後にその医療を提供する一員となることを深く実感しました。

 ここにあげた講義・施設以外にも様々な貴重な経験をさせていただきました。King先生のお宅にお邪魔させていただいてホームパーティーをした際には、10年以上親しんできた書道を披露させていただきました。英語を漢字で表現するのは難しかったですが、一家の皆さんに素敵な日本名を名付けられたことは大変光栄に思います。英語力は自信がありませんでしたが、自分の考えを英語で伝えることの難しさと伝わった時の嬉しさをこの時特に実感しました。アメリカ・シアトルはマイクロソフト・Amazon・スターバックスなどの世界的有名企業の本社が集まる土地ということで様々な企業の本社に訪れることもできました。残念ながら中には入ることは出来ませんでしたが、お話を聞くだけでも社員の働きやすい環境作りは世界レベルだと思います。スターバックス一号店のあるパイクプレイスマーケットの活気あふれた光景、ハリーポッターを彷彿とさせるワシントン大学の図書館、講義してくださった先生方とのパーティなど、どの瞬間も決して忘れることのできない時間になりました。特に研修終わりにクルーズ船でのシアトルの街並みを一望した時は感無量でした。勇気を持って応募してよかったなと痛感しました。素敵なメンバーに囲まれながら過ごした濃密な1週間は生涯忘れることはありません。

 最後になりましたが、我々学生に貴重な研修の機会を与えてくださった枚方療育園の山西先生をはじめ、今回お世話になった関先生、蒲生先生ご夫妻、服部先生、中村先生、大石さん、通訳のようこさん、現地でサポート下さったよしこさん、ワシントン大学のKing先生を始めとする講義してくださった全ての先生方、医学生の皆さん、そして同学のみんなに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。