山川 愼司さん(第5学年次)

ワシントン大学研修に参加して

今回、1週間の夏のシアトル研修に参加させていただき、そこで多くの学びを得ました。私なりの言葉でその体験を書かせていただきます。

初日は昼頃に現地空港に到着し、ショッピングモールで昼食をとった後、ビル&メリンダ・ゲイツ財団ビジターセンターの見学ツアーに参加しました。ここでは、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の活動内容がミュージアム風に展示され、観光名所となっているそうです。マイクロソフトの創業者として知られる同氏ですが、発展途上国の発展のためにここまで多く尽力されているとは知りませんでした。見学を終えた後、寿司屋でシアトルならではの寿司をいただきました。カルフォルニアロールはその奇抜な見た目に反して、日本人の私からしてもとてもおいしかったです。2日目はシアトルの市内観光でした。まず日本でもおなじみのスターバックス1号店があることでも有名なFARMERS MARKETへ。活気あふれる市場の中には魚や果物を売る店、Tシャツや小物を売る店などで大賑わいでした。ショッピングモールで昼食を済ませた後、ワシントン大学の書店であるUW Bookstore U Direct Storeに行きました。大学の書店とは到底思えない規模で、終始圧倒されました。ホテルでくつろいだ後、Welcome Dinnerに参加しました。King先生とご一緒させていただき、緊張しながらもシアトルに来て初めて、拙い英語でですがお話しさせていただきました。日本人の英語のペースをよくご存じのようで、ゆっくり分かりやすい英語で話してくださる所にKing先生の優しさを感じました。

3日目から講義が始まりました。ワシントン大学のキャンパスの一室で、先生と向かい合いながらの講義です。初めは今回の研修を企画してくださったMcCormick先生によるBioethicsについてのお話を聞かせていただきました。印象に残っているのは、「正しいことをするのが重要なのではない」ということでした。私たちは、何か物事を考えるとき、そこに何か答えがあると考えがちです。しかしBioethicsは、そこには様々な要素が複雑に絡み合っているため、答えはひとつではないのです。様々な例をもとに、McCormick先生は私たちにいくつかの質問を投げかけられましたが、それに関しても何かひとつの明確な答えを求めてはいらっしゃらないように私は感じました。講義の後半では、小グループに分かれてのディスカッション形式がとられました。そこで、Four Box Methodというものを学びました。これは何か問題を考えるときに、その問題についていくつかの項目に形式化し、順序立てて考えていくというもので、どのようなケースにも応用できると感じました。2つ目の講義では、「家庭医」について広く学びました。日本ではまだまだ定着していない概念だとは思いますが、アメリカでは一般的によく知られた制度です。私自身、以前から興味を持っていた分野ではあったのでここでの講義はとても有意義なものになりました。日本では医療分野を細分化し、専門に特化した専門医制度が主流ですが、家庭医はそれとは異なるものです。わかりやすく言うと、プライマリケアに特化した医師のことをそう呼ぶといっていいのかもしれません。Sairenji先生は、アメリカにおける家庭医の制度について、またその具体的な仕事内容について詳しく教えてくださいました。ひとりひとりの患者と長期にわたって向き合い、どんな病状でもその窓口になるという考え方は、私が個人的に目指している医師像にぴったりだと感じました。また新生児医療についての講義もありました。日本の新生児医療における救命率は諸外国と比べても高いという統計結果を見せていただいたとき、私はやはり日本の医療は優れているのだと感じました。しかし、その現状は救命後のQOLを考慮することなく医療が実施されているため、統計的に良い結果になっているだけであり、そこには様々な倫理的問題が潜んでいるということを知り、自らの想像力の無さを痛感しました。また、人工子宮の話もとても興味深かったです。

4日目、そろそろシアトルにも慣れてきた頃でした。King先生によるチャプレンについての講義を受けました。日本ではあまり知られていない職業ですが、アメリカでは定着している職業だそうです。日本の職業ではカウンセラーに近いのかもしれません。患者ひとりひとりと密に対話し、死生観や社会的な問題に配慮しながら患者の心のケアをするのが主な仕事だそうです。日本にアメリカと同じようにチャプレンが必要かという質問がありました。チャプレンの存在意義や、アメリカの医療における役割の大きさについては詳しい講義のおかげで理解することが出来ました。しかし、日本にはあまり適さない職業なのではないかと私は感じました。日本の医療はここ数十年で細かく専門分野が分かれていき、ひとりの患者を複数の医師で診るという流れになってきました。それにより高度な専門性を持った医師が適切に治療を行えるようになったことは大変すばらしいことだとは思うのですが、患者ひとりひとりを全人的に治療しづらくなったのではないかと私は思うのです。医師と患者の距離感が開いてしまったといえるかもしれません。そこにチャプレンという職業が介入すると、患者の心のケアをするのがチャプレンの役割であり、医師は患者の疾患の治療に専念すればいいという発想が芽生え、より患者との距離が遠くなってしまうのではないかと思います。チャプレンの仕事は現在の日本の医師がすべき仕事なのであって、医師以外に任せてしまってはいけないと感じました。また、日本人の国民性がアメリカ人と比べて内向的であったり、あまり正直に考えていることを話さないという特徴があるため、アメリカのような患者とチャプレンにとの関係は形成しづらいと思いました。

5日目では、患者の意思が確認できないとき、どのように治療するのがよいのかという議題が取り上げられました。患者に手術適応がないと医師が判断しても、患者家族が手術を希望した場合、自分ならどうするか、考えさせられました。医師として、患者の利益にならない不要な治療をするべきではないと考えますし、そのような場合は患者家族との相談の場を多く設け、家族が理解してくれるまで根気強く話し合う必要があると思いました。

今回の1週間の研修を通して、普段ではあまり考えない「答えのない問題」について深く考える機会を得ることが出来ました。科学的なことだけが医療ではなく、患者の考えや悩みに配慮してこそ真の医療になると改めて思いました。このような貴重な機会を私たちに与えてくださった山西先生をはじめ、蒲生夫妻、富田先生、関先生、中野先生、そして引率してくださった職員の方々や講義をしてくださった先生方にも本当に感謝しています。ありがとうございました。