田中 扶美さん(第5学年次)

ワシントン大学での研修を終えて

今回私は、8月3日から10日までの1週間、シアトルのワシントン大学で生命倫理の研修をさせて頂きました。シアトルでの毎日はどれも刺激的で今までの人生で経験したことのない多くのことを感じ、学ぶことができましたのでその一部を報告させて頂きます。 まず、私がこのプログラムに応募した動機は2つあります。1つ目は、日本とアメリカの医療における生命倫理の位置づけはどのくらい違いがあるか興味があったからです。そして2つ目は、アメリカの医療は日本よりも進んでいると言われていますが、実際に自分の目で救急病院や小児病院の施設を見学し、世界の最先端の医療現場を肌で感じたいと思ったからです。

ワシントン大学では、4日かけて計15個の生命倫理に関する講義を受けさせて頂きました。まず初めの講義がこれから生命倫理の理解を深めていくための基礎となる、McCormick先生の講義でした。これは、生命倫理の原則とThe 4 Box Methodについてのお話でした。The 4 Box Methodという概念はアメリカで生み出されたもので、日本ではまだ浸透していません。The 4 Box Methodとは(1)Medical indications for Intervention(疾患など医学的情報、ケアプランなど) (2)Preference of the Patient(患者さんの情報や本人の意思) (3)Quality of life (治療方針による生活の質の違い)(4)Contextual Issus(患者さんや病院などを取り巻く背景)の4つの領域があります。ひとりの患者を、このひとつひとつのボックスに当てはめ、より深くその患者と向き合うためのツールです。特にこの中の(3)Quality of lifeは医療の大きな目標のひとつであり他の3つはこれを達成するための道具であるともいえます

実際にこのThe 4 Box Methodを使いながら、Palliative careを行ったという例を、その日の別の講義内でRoss Hays先生がして下さり、とても印象深かったので次にこちらを報告します。ここで言う“Palliative care”とは必ずしも日本語の“緩和ケア”と同じではありません。それは単に身体的な痛みを取り除くためのケアだけでなく、もっと精神的、スピリチュアルな痛みの緩和を指しているのです。つまり身体的痛みの有無に関わらずすべての患者さんに必要なケアといえます。Ross Hays先生の例をお借りすると、例えば白血病を患った女の子には、The 4 Box Methodの中で常に彼女のQuality of lifeの向上を最優先に考えながら治療を進めることが“Palliative care”だと先生は仰います。また、 Quality of lifeは人が生きている限り常に変わりゆくので、“いま”の患者のQuality of lifeは何かを繰り返しリサーチし、例えばそれが治療を中止し自宅に帰ることや、映画を見に行くこと、家族団らんの時間を過ごすことなら、できる限りその望みに沿えるようにすることが大切なのです。これにより決してマニュアル通りの治療だけでは得ることのできない満足度が患者自身やその家族は感じることができると知りました。

もうひとつ私が感銘を受けたのは、James Green先生による尊厳死についての講義です。国民ひとりひとりの自立性を重んじるアメリカでは、自分の死に方も自分で決めたいという考えが強いと言います。先生の語って下さった尊厳死のエピソードでとても感動したひとつがあります。尊厳死を選択したある患者さんの死に方についてのエピソードです。彼の望みは最期の時を海の上のクルーズで夕日を見ながらワインを飲み、先生と2人で語り合うということでした。彼は太陽が沈むと同時にpill(死ぬための薬)を飲み、最後にもう一度乾杯をし、その後30分で安らかに亡くなったといいます。私はこれを聞き、こんな風に死ぬ前に今までの苦しみから解放されて穏やかに過ごす、これこそまさに尊厳死なのだと感じました。この例以外にも、ある人は親戚全員を部屋に呼びみんなに囲まれて最期を過ごし、またある人はひとりで静かに過ごすことを選んだと言います。このように尊厳死は、死ぬ場所もタイミングも自分で好きに決められるのです。ただ、アメリカでも州によって尊厳死が認められていないところもまだありますし、認められている所でもその良否をめぐっては長い裁判があったらしいです。日本には尊厳死についての法律はいまだありません。どちらがよいのかという倫理的問題に答えがないからこそ、アメリカで認められたのはそれだけ国民の自立性が強いからこそであり、日本人の国民性から考えると日本で尊厳死が認められるのはまだまだ考えられにくいのではと感じました。

シアトルに着いて初めに目に入ったのは長い坂を下った先に見える青い海です。中心地に行くとAmazon、Googleなど大企業のビルが立ち並んでいました。毎日、勉強の後も夕方から充実した時間を過ごさせて頂きました。Welcome dinnerやKing先生のご自宅でホームパーティ、クルージングに、最終日はFarewell-Thank-You Dinnerでした。King先生の3人のお子さんとも仲良くなりました。私は拙い英語でしたが、彼らと日本とアメリカの学校の違いや互いの部活動、趣味について語り合った時間はとても楽しく忘れられない経験になりました。クルージングではシアトル湖を2,3時間で周遊しました。クルーズは貸し切りでご飯も美味しく、きれいな夕日とシアトルの夜景を海の上から見ることができ本当に楽しかったです。プログラムの最後にMcCormic先生とKing先生から研修終了証を手渡して頂いた時は、プログラムを達成した嬉しさと先生方への感謝、そしてシアトルを離れないといけない寂しさがこみ上げました。私はこの1週間で多様な考え方を知り、医学生としてはもちろん、ひとりの人間として成長できた気がします。

最後になりますが、今回このような貴重な機会を与えてくださった関先生、蒲生先生、引率してくださった近藤先生、中村先生、枚方療育園の櫻井さん、梅澤さん、そして現地シアトルでお世話になったMcCormic先生、King先生をはじめ講義をしてくださった先生方や通訳のTuridさんに感謝申し上げます。このプログラムにできたおかげでかけがえのない思い出を作ることができましたし、日本では経験できなかった多くの大切なことを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。