佐古田 佳穂さん(第2学年次)

汕頭大学医学院への留学を終えて

今回、私は11月11日から18日までの8日間にわたり、中国の汕頭大学医学院への留学プログラムに参加させていただきました。現地での様々な病院と関連施設の見学、地域の医療ボランティアや訪問診療への同行など、実際にこの目で見て体験しました。中国の先端医療と僻地医療の現状を目の当たりにする中で、今後の私自身の医学・医療への取り組み方などを考えさせられる、大変貴重な時間となりました。

初日、関西国際空港から広州を経て汕頭空港に到着し、そこから1週間滞在するホテルへ向かいました。ホテルに到着すると、留学中に現地でお世話になる先生方が温かく迎えてくださり、そのままウェルカムディナーとなりました。初めて口にする汕頭地方の料理はとても美味しく、先生方と色々なお話をしながら素敵な夕食を楽しみました。

2日目は、さっそく農村地域での医療ボランティアに参加させていただきました。訪れた村の様子は、見たところ決して豊かとは言えず、医療も充実しているとは言い難い状況でした。村役場前の広場で、医療ボランティアの人たちが、村の方々に簡単な健康診断や問診、薬の無料提供をしていました。そこには、私たちと同じ2年生の、汕頭大学医学部生達も実習に来ていました。子どもたちの色覚検査、身体測定や血圧測定などを、学生が主体となって行っていたことに非常に驚きました。午後は汕頭大学の学生たちとともに一般家庭への訪問診療に同行しました。対象となるのは、村役場前まで歩いてくることが出来ない患者さん達です。ある患者さんの家は、小さな間口に、部屋の仕切りはほとんど無く、床もなく、土の地面がむき出しになっていました。その奥に、脳梗塞で半身不随となった53歳の男性患者さんがいらっしゃいました。医師や医療スタッフは、患者さんの生活レベルや家庭状況を配慮しながら、療養計画を立て、患者とその家族に指導していきます。safety netが発達した日本では、生活レベルで分け隔てなく比較的公平な医療が受けられるように思います。しかし、中国では都市と僻地、一般家庭と貧困家庭では、これだけの医療格差があるのだということを目の当たりにしました。医療というものは病院での治療だけでは語ることが出来ず、患者さんと家族の生活環境のケアを含めて医療なのだ、ということを痛切に感じました。

3日目は、臨床技能センターと汕頭大学の見学をさせていただきました。大学の敷地はとても広く、アジアで最も美しいと言われている図書館の中にも入場させていただきました。汕頭大学医学院の建物の中には、人体生命科学館やシュミレーションセンターがありました。人体生命科学館は多くの人体標本があり、3Dで人体の構造を学ぶことが出来る最新の設備もありました。血管や神経の位置関係や筋肉の働きがとても分かりやすく立体的に捉えやすい標本ばかりで、汕頭大学の医学部生はここで解剖学を学んでいると聞き、とても羨ましく感じました。またシュミレーションセンターは、驚くべきことにあらゆる診療科の治療室が、医療機器、人体模型など細部に至るまで再現されていて、まさに本物の病院内部そのものでした。心拍音や瞳孔反射も再現できるマネキンを見たときは、本当に驚きました。私たちが見学した医学院の建物では、1~3年生が学び、少人数学習で且つこのような素晴らしい施設を利用していると聞き、日本以上に臨床実習に向けた取り組みにかなり積極的であるという印象を受けました。

4日目は、汕頭大学付属病院にあるホスピスを見学し、その後、郊外の患者さんへの訪問診療に、医師と看護師の方に同行しました。この訪問では、これ以上治療出来ないガン患者さんへの訪問診療や、患者さん本人やその家族の心のケアが行われます。また、自宅療養を希望して、という積極的な理由ではなく、経済的に苦しく医療機関まで来られない為に自宅で過ごされる患者さんも多い、と医師の方からお聞きました。私が訪問した患者さんは、腎臓のガンが既に全身に転移している方で、自宅で息子さんが面倒を見ていました。患者さんは風通しが悪く、日の当たらない家の奥で横になっていました。まず医師が息子さんに家の経済状況を尋ね、痛み止めの薬を無料で提供し、その後患者さん本人に話を聞きました。患者さんは、食欲もなく嘔吐が続き、身体が痛いと涙を流しておられました。また、ずっと寝たきりの為、足に強い浮腫が生じていたので、看護師さんが、息子さんに痛みを少しでも和らげるマッサージの方法を指導していました。終末期医療を見学するのは初めてでしたので、患者さんやその世話をする家族の心にどう向き合っていくのか、考えさせられる事ばかりでした。

5日目は、郊外にある眼科センターの見学と潮州の観光をしました。中国では貧しい人々が、白内障など手術で治る病気の治療を行わずにそのまま失明する方が多く、その状況を改善すべく眼科センターが建てられたそうです。私たちは、そこで働いている一人の女性医師のお話を伺いました。その中でも印象的であったのは、患者の医師に対する信頼は、中国では特に時間をかけて築いていくものだ、という言葉でした。もちろん国、場所問わず、患者さんと医師との関係はじっくりと構築していくべきものだと思います。しかし中国の僻地では、住民の方々が医師を信用していない傾向が特に強いそうです。この眼科センターも創立当初は地域住民の方からはあまり信用されなかったと仰っていました。それが今では、この眼科センターでは医師4名、看護師3名のスタッフで外来1万件以上、なんと年間1200もの手術を行っているそうです。このお話を聞き、患者と医師の信頼関係がいかに重要かを知ると同時に、医療者の人数に対して外来や手術件数がかなり多いことに僻地医療の大変さを痛切に感じました。

6日目は、口唇・口蓋裂治療センターとNICU、そして感染症科、精神科病院の見学をさせていただきました。口唇・口蓋裂は、決して珍しくはない先天性異常で、言語発達に影響を及ぼすこともあり、かつては社会的差別につながることもあったそうです。今では、生後の早い時期から手術が行われるそうで、病棟には親の腕に抱かれて眠っている多くの子供たちがいました。NICUは新生児の集中治療室のことで、非常に衛生管理が厳しく、私たちも専用の服と帽子、マスクを着用し見学させていただきました。中に入ると、保育器に入れられた体重1キロにも満たない赤ちゃんばかりで、小さな体に人工呼吸器や多くのチューブが繋がれていました。赤ちゃんの容態の急変はすぐ命に関わるため、非常に緊迫した雰囲気がありました。中には生存できたとしても2年未満、と宣告されている子もおり、その必死に生きようと頑張っている姿に胸が締め付けられる思いがしました。精神科では、患者さんの病室や共有スペース、治療室などを見学させていただきました。中国ではアルコール中毒やゲーム中毒の方も入院対象となり得ると聞き、とても驚きました。また入院患者さんが描いた絵や作品も見せていただきました。患者さん自身と母親を描いた絵もあり、どれも美しいだけでなく、強い想いが込められたものでした。

7日目は産婦人科の見学をさせていただきました。産婦人科ではまず、先生の診察を見学しました。日本と同様、産婦人科は他の診療科と比べて、やはり女性医師の姿が多いように感じました。先生の診察室にはひっきりなしに患者さんが訪れていました。また、診察だけでなく、造影剤を用いた検査にも女子の学生のみ立ち会わせていただきました。その検査は、もう一人子どもが欲しいという女性のために、再び妊娠できるかどうかを確認するものでした。2人の子供を出産後、病気により片方の卵管を切除している患者さんでまた。検査の最中は、かなり患者さんの体に負担がかかっているのか、とても辛そうでした。検査の結果、妊娠するのは難しいことが分かりましたが、その日は患者さんには伝えませんでした。実際にこのようにデリケートな現場を見学させていただいて、検査結果や病状をどのように伝えるべきか、患者と医療者のコミュニケーションの重要性をあらためて強く認識しました。その日の夕食は、中国での最後の夕食でしたので、現地でお世話になった先生方が大勢集まってくださいました。先生方のご家族も参加して、一緒に本場の餃子を手作りしていただきました。非常にフレンドリーで優しい方ばかりでしたので、先生方と最後に握手をして、覚えたての中国語で別れの言葉を交わした時、涙がこぼれそうになるくらい、寂しい気持ちがこみ上げてきました。 最終日は、朝に現地を出発し、機内では8日間の経験や思い出、感動に考えを巡らせつつ、帰国しました。

8日間という短い期間ではありましたが、日本ではまず経験することの出来ない、多くのことをこの目で確かめ、体験することができました。さらに現地の先生方や医学生、看護学生達とも交流ができ、私の人生の中でもかつてない、大変充実したものとなりました。これから医学生として新しい知識を学び、考え、そして将来医師として仕事をしてゆく中で、今回の留学において経験し、気付いたことをきちんと糧にしていきたいと思います。

最後になりますが、このような貴重な機会を与えてくださった兵庫医科大学、留学をサポートしてくださった国際交流センターの鳥井さん、引率してくださった服部教授、現地でお忙しい中色々と教えてくださった全ての先生方に、この場をお借りして感謝申し上げます。