岸 和希さん(第2学年次)

中国・汕頭大学留学を終えて

今回私は7泊8日の中国・汕頭大学への留学に参加させていただきました。私にとっては初めての留学でとても多くのことを学ばせていただきました。

1日目、関西国際空港に集合し、約3時間かけて広州国際空港に行きました。着陸直前の窓から見える景色は高層ビルやタワーが立ち並び、東京や大阪に引けを取らない大都市であることを実感しました。乗り継ぎでそこから、1時間かけて汕頭に到着しました。到着するとすぐに程先生が迎えてくれました。空港からバスでホテルまで行きました。程先生は汕頭市を田舎だと評していましたが、高速道路を降り、市街に入ると大通りにモールやマンションが立ち並んでいて、これが田舎とは日本とスケールが違うと思いました。ホテルに着くとwelcome dinnerが行われ、これからお世話になる様々な先生が熱烈に歓迎してくれました。先生方は日本語が堪能な方が多く、安心できました。

2日目、貧困地域でのボランティア活動の見学に行きました。高速道路で1時間ちょっと走っただけで市街とは全く異なった環境や設備の整っていない農村部になりました。そこでは毎週日曜日の朝、広場でボランティアが行われていて、医療関係者や学生が病院に行くことができない人たちへ向けて様々な医療を施していました。学生は同じ2年生でありながら、診察で先生の横についたり、簡単な検査は学生だけが行なったりと、臨床実習が充実していると思いました。午後から広場から徒歩で訪問医療に行きました。訪問医療では診察だけでなく、米や油を提供していました。異臭を放つ用水路やボロボロの壁、暗くて狭い部屋に病で苦しむ患者をみて、自分の生活がいかに恵まれているかを改めて実感しました。利益の追求ではなく、苦しむ人を助けるという医療の本質的な部分を見ることができたと思います。また先生の話で、中国の西洋医学の発達していない地域では、医師を快く思っていない人がいて、症状の悪化や患者の死亡を逆恨みして、その患者や家族に医師が襲われることがあると聞いて、都市部では世界的にも最先端の設備や技術を持った病院や医師がいるのに対し、農村部ではまだ意識改革も進んでいないのだと思いました。

3日目、午前中はホテルから徒歩で汕頭大学医学院と癌センターに行きました。研究室内や病院内にあった設備はとても高価で最新のものも多く、日本より数年早く導入された放射線治療の大型の機械もあり、環境が整っていると思いました。また漢方の調合室も見学し、甘草やみかんの皮、カエル、セミの抜け殻など色々な自然で取れる素材を切ったり砕いたりしたものを処方していて、西洋医学と東洋医学が共存していると思いました。しかし一方で、病床が足りず、廊下に出されている患者や、衛生的とはあまり思えなかった病室や病棟もあり、ちぐはぐな感じもしました。また、ナースステーションにも、毛沢東の肖像画があり、中国の政治的な背景も垣間見えました。午後からは郊外にある汕頭大学へ行き、広さや設備の良さに圧倒されました。医学部の建物の中には人体生命科学館という施設があり、本物の人体を用いた標本が数多く展示されていて、解剖学を学ぶ際にとてもイメージしやすく、学びやすい環境がありました。また上の階には診察室やICUなど様々な病院にある施設が再現されていて、とても効率よく臨床的なことが学べると思いました。また図書館はとても広く、迷子になってしまうほどでした。

4日目、午前はホスピスの訪問に行きました。1軒目では患者の周りに家族が全員集まり、神妙な面持ちで医師の一挙手一投足に注目していたのが印象的でした。特に患者の妻は落ち着かない様子で歩き回り、時に激しく泣いていたのを強く覚えています。2軒目に行った患者は癌が見つかったばかりで手術はこれからだと言っていて、末期患者に対する緩和ケアをホスピスだと思っていたので、それは新しい発見でした。午後にはモールへ行きタピオカジュースやアイスを食べました。その後ホスピス活動の説明を受けました。活動の内容は、少し前に日本のテレビで見たものと大体同じ感じでしたが、日本では家庭訪問型のホスピスはまだ始まったばかりだと言っていたので、19年前から始めていた汕頭に比べ、遅れていると思いました。また、後期高齢社会を迎えている日本ではもっと進めていかなければならないと思いました。

5日目は2時間かけて白内障の眼科に行きました。そちらの先生は15年前からそこで眼科医をしており、毎年700人ぐらいの患者を一人で治療しているそうです。この病院ができる前は近くに病院がなく、そのまま放置してしまうことが多かったらしく、この病院が有るか無いか、もっと言えば、この先生が一人いるかいないかで多くの患者が失明の危機から救われているんだと思いました。午後からは潮州に行き、唐代に設立されたお寺や古い関所を観光しました。特に韓江にかかる広済橋は壮観でした。

6日目は、まず口唇口蓋裂の治療センターに行きました。李嘉誠財団は昔から、時には政府と協力して口唇口蓋裂の患者を無料で治療してきたそうです。顔が他人と異なるので社会から疎外感を感じていた人を治すことができる、QOLを大きく向上させることができる医療を積極的にボランティアとして行なってきたというのはとても素晴らしいことだと思いました。その後、新生児医療センターに行きました。見学中一人の患者のSpO2が下がり、医師や看護師たちが慌てて処置していたので、現場の緊迫感を感じることができました。昼ごはんは地元のお店で腸粉という料理を食べました。米から作られた皮に豚や牛などを巻いて蒸されたものでとても美味しかったです。午後は精神病棟に行きました。鉄格子で閉ざされた病棟の中にも入れてもらい、電気ショックによる治療や、治療目的のパソコンのゲームを体験しました。精神病患者に囲まれる機会が今までなかったのでとても刺激的でした。

7日目の午前はショッピングセンターでお土産を買いました。その後、婦人科の見学に行きました。婦人科の診察室はとてもオープンでどんどん人が入ってきて、プライバシーの概念があまり無いように思いました。夜は先生方も集まってみんなで餃子を作り(北京式の本場の包み方を教えてもらいました)、お腹いっぱい食べました。英語と中国語しか話せない先生に留学の感想を聞かれ、言いたいことはたくさんあったのに、私の拙い英語力のせいでそれをうまく伝えることができなかったのが心残りです。

そして8日目に帰国しました。

私の曽祖父は先の大戦で帝国陸軍の兵士として広東省で戦死しました。時を経て、今私が留学生として同じ広東省の汕頭市に行くことができたこと、また全ての人が私たちを温かく迎えてくれたことに日中の平和と友好を感じました。今回の留学で私は日本では絶対に体験できない、またこの先の人生でもう一度体験できるかわからない、とても貴重な経験をすることができました。正直、留学に応募する前に不安に思うこともありましたが、勇気を出して応募して本当に良かったと思います。最後になりますが、服部先生、程先生をはじめ、留学に関わった全ての方々に何から何まで面倒を見ていただき、とても良くしていただきました。心から感謝申し上げたいと思います。