吉田 瑞穂さん(第2学年次)

汕頭大学での研修を終えて

先入観にとらわれず、自分の目で中国の社会や医療体制を見るという目的でこの研修に参加した。自分の想像していた以上に中国の方の優しさに触れ、考えることや感じることが多く、自分がいかに狭い思考と社会の中で生きてきたかを痛感した8日間だった。とても良い経験をさせてくださったすべての方々に心から感謝している。

1日目はwelcome dinnerで歓迎してくださり、この日から毎日とても豪華な中国料理の数々をご馳走になった。中国の街並みは、高級で新しいマンションの隣に雑多な古い共同住宅が並ぶ。日常の中に当たり前に大きな格差が溶け込んでおり、それがよく見える国なのだと実感した。古い共同住宅の窓にはすべて鉄格子がはめられており、一部屋がとても狭く、それを引き立たせるかのように隣には高級マンションが立つ。ここに住む人々にとって格差は日常なのだと思った。

2日目は農村への医療ボランティアを見学させていただいた。月に一度この地域で行われる青空診療には多くの方が来られていて、汕頭大学の学生と一緒に診療のお手伝いをした。汕頭大学の学生は必ず一度はこの診療ボランティアに参加することが義務付けられているそうで、どの学生も慣れた手つきで血圧を測り、健康診断を進めていた。手伝いに立ったものの、血圧ひとつろくに測れない自分を恥ずかしく思った。汕頭大学の学生は気負った様子もなく自然体で楽しそうにお手伝いをしていて、以前エスコート実習でがちがちに緊張していた自分と対照的だった。一方で、言葉が通じずろくに測れない日本人にも気にする様子なく腕を差し出す患者さんを見て驚いた。そういった患者さんの気質も関係すると思うが、日本もこんなふうに患者さんと接する機会を増やしたら、汕頭医大生のように実践的な手技や接し方が身につくのではないかと思った。汕頭大学の学生は、快く手技を教えてくれたり、熱く中国の医療について語ってくれたり、色々な話を聞かせてくれてとても嬉しかった。青空診療の場に赴くことが出来ない方のご自宅を回る訪問診療では、白内障で両目が見えず、足腰も悪いおじいさんがひとりで暮らす家を見て衝撃を受けた。家の中は冷たく真っ暗で、このような場所で暮らしている人がいるという事実に胸が痛くなった。医師が定期的に診察に加え、薬とわずかなお米や油を渡しているそうだ。初日に目にした以上の貧困がここには広がっており、医師からはすべての家は回りたくてもとても回り切れないこと、李嘉誠基金によりすべての医療は無償で行われていることを伺った。李嘉誠基金の素晴らしさを現場で実感した。

3日目はホスピスの見学をさせていただいた。一日に2,3件の末期がんの患者さんのご自宅を回られるそうで、その巡回に同行させていただいた。言葉がわからなくとも、時間をかけて丁寧に患者さんや家族と対話している様子がみてわかった。途中話しながら涙する方もいらしたが、このときほど言葉の壁を感じたことはない。通訳の方が訳すには重い雰囲気で、何を語っているのかつかみきれなかったことが心残りになった。先生の現場でのあたたかい接し方を見ていて、ホスピスの精神は日本と同じだと感じた。一方で、訪問が月に一度で、緊急時には電話対応があるものの、基本的にはヘルパーさんのいない自宅介護を強いられる中国のホスピスの厳しい現状を感じた。一定の条件を満たした末期がんの方のみ李嘉誠基金により医療費が免除され、このホスピスのサービスを受けることができるそうだ。人口が多く、また国民皆保険制度が無いため、低所得層ほど十分なターミナルケアが受けられないのだと思うが、先生と一軒一軒巡っている道中、見えないところで十分な手当てを受けられず亡くなられる方がとても多くいらっしゃるのだろうと思った。無償のホスピスを実現させ、そういった現状を改善しようとしている李嘉誠さんの偉大さを感じた。

4日目は汕頭大学を見学した。人体生命科学館は本当に素晴らしく、できることならもっと長く見ていたかった。細部の毛細血管、神経、筋肉まできれいに剖出された本物のご遺体が全身、部位別、染色別などに展示され、その緻密な剖出に圧倒された。人間の体の精密さを改めて知る事の出来る展示で、このような場所が日本にも近くにあれば、もっと勉強がしやすく、また意欲的に勉強できるだろうとうらやましく思った。また汕頭大学の実習施設は各種心拍や脈拍の変わる患者さんの人形に加え、産婦人科を想定した妊婦の人形や新生児の人形など、あらゆるシミュレーターがそろっており、使ってみたいと思う機器ばかりでとても興味深かった。また、授業風景も覗かせていただいたが、朝の8時半から夜の8時まで授業があると聞いて身の引き締まる思いがした。図書館も巨大で美しく、広大で緑が多いキャンパスは関学を思わせた。設備、校舎ともに充実していて、私も汕頭大学に通って勉強したいと思った。

5日目は潮州の眼科病院を見学させていただいた。中国も日本と同様に医師の地域偏在が問題になっていると知った。李嘉誠基金のおかげで、かなり低価で白内障の治療ができるそうだ。ほかの眼の疾患を治す技術も学びたいが、医師も看護師も数が足りないために勉強する時間が取れないと話されていた。技術の高い治療を安く受けられるという噂を聞きつけた遠方からの患者さんも絶えないという。もっと人手が欲しいが、賃金が安く、田舎なので人が集まらないのだそうだ。田舎に人が集まらないところは日本と同じだと思ったが、中国の場合は土地が広大な分、問題はさらに解決が難しいのかもしれないと感じた。忙しい中、時間を割いていただいているのに、穏やかなやさしい方ばかりだったのが印象的だった。

6日目は口唇口蓋裂センターを見学させていただいた。口唇口蓋裂の子も含めて、中国では出生前診断で障害があるとわかった場合中絶を選ぶ人が多いそうだ。現場の先生が、「障害を持って生まれる子は不幸だ。きれいごとはいくらでも言えるが、実際に障害を持つ子を目の前にするとそういった子を産むことは本当にその子の幸せになるのか疑問に思う。」とはっきりとおっしゃっていて、とても驚いた。優生思想につながる考え方であるし、障害を持っていても幸せに生きている方々の本や記事、講演を日本で見聞きしていたので、先生のその考え方に私は賛同出来なかった。先生にそのことを話したが、現場を見たことがないからこそ言えるきれいごとと返されたら何も言えず、うまく伝えられなかった。帰国後のいまもう一度考え調べたところ、中国は日本の約10倍の障害者がいるにもかかわらず、日本の4分の1ほどしか障害者施設がなく、また一人っ子政策のために優性有育と言われる健康児の出産が推奨されてきたそうだ。中国では街でダウン症の子を見かけることは少なく、またダウン症の人が就職することは非常にまれだという。(参考 中国の障害者「一億人」の現http://withnews.jp/article/f0190914002qq00000000000000W02310101qq000019771A?gl=1*1hgxof5*_ga*aXJiTkdQMXRfcF9XcDZNS1NKaGxpejd6RkZ4cFJ6ekYzb3hZTHpkRGF2Q0hMYmRtanZUMFVvRFc2d0JsS0Y5VA)日本も福祉や社会の面において十分とは言いがたいが、中国にそのような社会背景があり、かつこの研修期間で目にしてきたように貧富の差が激しいことを踏まえれば、先生のおっしゃることは理解できると思った。人の思想は生きてきた環境によって作られるのだと身をもって実感した。また、自分は政治や制度のことをもっと知らないといけないと思った。先生は、障害に対する考え方を聞いてはじめこそ驚いたものの、旅の間私たちを頻繁に気にかけてくださる優しい方だった。また、夕食を私たちと一緒にとった後「患者が待っているから」と病院に帰られる患者思いの方だった。

この研修を通して、日本にはない制度や施設を見て中国の良さを実感した。李嘉誠さんが多岐にわたって格差のない社会の実現に貢献していることを目の当たりにした7日間だった。また、中国で迎え入れてくださったすべての方が本当にやさしかった。現地の人に気に掛けてもらえるほど留学生は安心でき、充実した留学になるという当たり前のことを、留学する側になって初めて心から実感した。本当に感謝しきれない。自分の英語部での受け入れ方も考えさせられた。とても楽しくて別れるのが名残惜しい7日間だった。彼らが日本に来るときには必ず精いっぱいのおもてなしを返したい。また、自分の普通だと思っていたことが普通ではなかったという点で、日本の良さもわかることができた。両国の良さを実感することは他方の欠点を理解することでもあったが、実際に自分が行ってみないと生まれない実感で、自分の目で見て体験できて本当に良かった。ほかのいろいろな国にももっと行ってみたいと思うきっかけになった。

愉快な汕頭メンバーと、揚さんをはじめお世話になった現地の皆さん、細やかなサポートをしてくださった鳥井さん、ありがとうございました。