Who are we?
筆者が所属する大阪大学大学院・医学系研究科・感染免疫医学講座・免疫動態学教室(宮坂昌之教授)は、緑に恵まれた万博公園の北に位置する大阪大学・吹田キャンパスにあります。研究室は平成元年に当時のバイオメディカル教育研究センターに臓器制御学研究部として設立され、平成6年に宮坂昌之教授が着任し、現在につながる研究・教育体制がスタートしました。その後、大学の改組に伴い、平成13年からはポストゲノム疾患解析学講座・細胞分子認識分野と名前を変え、平成17年4月から現在の名称になりました。これまでの教室名の変遷のなかで、現在の教室名称が私たちの興味の在処と研究課題を最も的確に表しています。現在は職員、大学院生をはじめ海外からの研究員・留学生を含む約20名の構成員がそれぞれの課題をもち、研究に取り組んでいます。また研究室の出身者も、Oklahoma Medical Research Foundation や Burnham 研究所など海外の研究機関を含む国内外の様々な研究施設などで活躍しています。
Traffic, Traffic, Traffic
私たちの研究室は、「リンパ球ホーミング」と「悪性腫瘍の血行性転移」の分子機構の解明とその制御を具体的な研究課題として取り上げ、生体内の細胞動態の生理的な制御機構の解明と病態における破綻の修復をめざして研究を進めています。以下にそれぞれの背景と現状をご紹介いたします(よろしければ、研究室のホームページもご覧ください:http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/orgctl/www/index-jp.html)。
(1)リンパ球ホーミングの分子機構の解析
獲得免疫の主役を演じるリンパ球は、血液系とリンパ系を繰り返し循環して病原体の侵入に備えています。この過程で、リンパ球はまるで自分の行き場所を予め知っているがごとく振る舞い、全身をかけめぐりながら免疫応答の場であるリンパ節やパイエル板を見つけ出し、これらの組織に移住して、外来抗原を探索します。遠い行き先を知る渡り鳥の帰巣現象(ホーミング)になぞらえられるこのリンパ球の動態(リンパ球ホーミング)は、リンパ球がリンパ節やパイエル板にのみ存在する特殊な細静脈(高内皮細静脈)が発現する「アドレスコード」としての細胞動員シグナルを特異的に認識することを基盤としています。私達はこの高内皮細静脈とリンパ球の特異的な相互作用の分子機構を明らかにするために、独自に高内皮細静脈の遺伝子発現解析に取り組み、新しい機能分子群の同定とその細胞動員シグナル形成における意義の解明を進めています。これまでの研究を通じて、高内皮細静脈が様々な接着分子やケモカインなどリンパ球に対する「道しるべ」として機能する分子群を特異的に発現することや、高内皮細静脈やその近傍に分布する様々なケモカイン捕捉分子群がケモカインを局所に保持してその活性と空間配置の制御に関与することなどが示され、高内皮細静脈がリンパ球の動態を積極的に制御している様子が浮き彫りにされてきています。
(2)がんの血行性転移の分子機構
一方、がん細胞はリンパ球とは大きく異なる細胞です。しかし、原発巣から離脱したある種のがん細胞はリンパ球と同様に、接着分子やケモカインを「道しるべ」として生体内を血行性に移動し、血管内皮細胞との相互作用を経て遠隔組織で転移巣を形成することが示されています。私たちは、がん細胞と血管内皮細胞の相互作用の分子機序やがん細胞の動態を制御する組織間質因子に注目して研究を進めています。特にがん転移に深く関与すると考えられる細胞接着分子CD44に注目した研究から、CD44の生理的なリガンドのひとつであるヒアルロン酸が酵素消化により低分子化されると、これがCD44への結合を介してがん細胞の運動性や浸潤性を大きく亢進することが明らかになりました。低分子量化したヒアルロン酸は癌組織に多量に検出されることから、生体内においてもがんの転移や浸潤を促進する組織間質因子として働いていることが示唆されます。
Sweet Tricks
このようなリンパ球やがん細胞の動態制御に関する様々な研究から、特定の糖鎖が生体内の細胞動態を制御する位置情報分子、あるいは活性化シグナルとして働くことが明らかにされ、その機能的な重要性が注目されています。例えば、リンパ球のリンパ節へのホーミングを支配する高内皮細静脈に特異的に発現するアドレスコード分子の一つである Peripheral node addressin (PNAd) は、6-sulfo sialyl LewisX 糖鎖を機能中心とするシアロムチンの複合体であり、リンパ球が発現する糖鎖認識型接着分子L-セレクチンに対するリガンドとして機能し、リンパ球ホーミングに必須の役割をはたします。私達はこのPNAdの他にも、コンドロイチン硫酸Eやコンドロイチン硫酸BがL-セレクチンと結合することを見いだしました。興味深いことに、これらのグリコサミノグリカン鎖は、L-セレクチンばかりでなくP-セレクチンやケモカインとも結合する活性を持っています。また、がん転移を促進する細胞接着分子CD44も先に述べたヒアルロン酸ばかりでなく、これらのコンドロイチン硫酸と結合することが明らかになりました。このようにL-セレクチンに結合する糖鎖リガンド群は、構造的に多様であるばかりでなく、様々な接着分子やケモカインとも結合する機能的な多義性を有し、これらが形成するシグナルのクロストークを仲立ちする機能的な hub としての役割を担うことが示唆されます。私達は、リンパ球やがん細胞の生体内動態制御機構の観点から、L-セレクチン結合糖鎖を中核とする新しいL-セレクチンリガンドの機能的な意義の解析を進めています。
Gut Issue
これまでに述べた研究に加えて、私たちは新しい研究課題として消化管粘膜組織に分布する樹状細胞の免疫学的な特性とその動態制御機構に注目した研究を進めています。組織特異的な樹状細胞は免疫反応の行方を決定する重要な抗原提示細胞であり、消化管樹状細胞は、他組織由来の樹状細胞にはない特徴をもつことが明らかにされつつあります。樹状細胞の動員制御にも接着分子やケモカインが重要な役割を担っています。今後、消化管樹状細胞の動態やその機能制御に関する研究を通じて、糖鎖研究との新しい接点が見つかるかもしれません。
Where do we go?
免疫細胞の生体内動態やがん転移の分子メカニズムは、様々な視点から活発に研究され、細胞接着分子やケモカイン・脂質メディエーターによる動態制御機構が次第に明らかにされつつあります。しかし、生体内には秩序だった細胞のダイナミクスを規定し、生体反応に柔軟性や頑強性を賦与する、まだ私達の知らない未知の細胞動態制御に関するシナリオが隠されていると考えられます。これらを読み解き、生体内の細胞動態を任意に制御できれば、様々な免疫病やがん転移など細胞の動態不全を伴う様々な疾患に対して、これまでにない新しい治療戦略を構築できるかもしれません。私たちは、構成員それぞれが各々の課題に取り組みながら、頭と体と心を総動員して、生体内で細胞動態を制御する仕組みの一端を明らかにしたいと願っています。
(特定研究「グライコミクス」・ニュースレター:2006年 1月 掲載)
