学校法人 兵庫医科大学

多職種が連携し、腹部鏡視下手術における 術後皮下気腫に関する論文を発表

研究

兵庫医科大学(所在地:兵庫県西宮市、学長:鈴木 敬一郎)医学部 消化器外科学(下部消化管外科) 病院助手 伊藤 一真ら(指導:講師 片岡 幸三、主任教授 池田 正孝)の研究グループは、看護師や放射線技師など多職種と連携し、約2,500名の患者データをもとに腹部鏡視下手術の際の合併症である皮下気腫の発生と、患者の背景や手術因子の関連について調査し、その発生率や危険因子などを探索しました。
今回の研究にあたり、手術中の看護師による定期的な触診や術後のレントゲン検査が徹底されたことで、発生率をより正確に示すことができました。また、触診の結果を迅速に医師に伝え、連携を取ることでリスクを最低限に抑えることができ、重症皮下気腫発生率は過去の報告よりも低い結果となりました。
今回の報告は皮下気腫に関する過去最大規模の報告であり、医師・看護師をはじめとした多職種が協力し、本論文の発表へとつながりました。

上段左より、田中勝也、田中江里子、午堂春奈(看護部)、片岡幸三(消化器外科)/下段左より、金馬和香、塚崎友莉恵(看護部)、伊藤一真、池田正孝(消化器外科)

論題

Subcutaneous emphysema associated with laparoscopic or robotic abdominal surgery: a retrospective single-center study

論文著者名

Kazuma Ito, Kozo Kataoka, Yuya Takenaka, Naohito Beppu, Yurie Tsukasaki, Koichi Kohno, Hiroshi Tsubamoto, Hisashi Shinohara, Seiko Hirono, Shingo Yamamoto, Hiroki Ikeuchi, Masataka Ikeda

研究概要

皮下気腫とは、腹腔鏡手術やロボット支援下手術などの鏡視下手術の際の合併症のひとつです。鏡視下手術の際には腹腔内を二酸化炭素で膨らませ(気腹)手術を行います。それにより、皮膚の下に二酸化炭素ガスが貯留したり(皮下気腫)、血中二酸化炭素濃度が上昇したりする(高二酸化炭素血症)ことがあります。皮下気腫、高二酸化炭素血症により手術後の抜管(人工呼吸器からの離脱)困難や頻脈、高血圧、不整脈等の発症が報告されています。
今回、腹部外科を担当する外科医師と手術部 看護師が共同で、2019年4月1日から2022年9月30日までに当院の腹部外科(上部消化管外科、下部消化管外科、炎症性腸疾患外科、肝胆膵外科、産科婦人科、泌尿器科)で施行された腹部鏡視下手術(腹腔鏡手術、ロボット支援下手術)における、患者の背景や手術因子と皮下気腫発生の関連について調査し、皮下気腫の発生率や、抜管ができなかった割合、皮下気腫発生の危険因子などを探索しました。

研究背景

従来の開腹手術と比較して侵襲の少なさから腹腔鏡手術が様々な領域で一般的になってきています。しかし、腹腔鏡手術やロボット支援下手術などの鏡視下手術では高炭酸ガス血症、皮下気腫、気胸、縦隔気腫などの気腹に関連する合併症が報告されています。その中でも皮下気腫は最も一般的な合併症として知られており、既存の報告では罹患率は約3%と報告されています。
ところが、手術直後にレントゲン検査やCT検査を行うと罹患率が約24~56%と非常に高いことが判明しました。腹部鏡視下手術中の皮下気腫は、腹部から胸壁、さらには頚部まで到達することがあり、ときには気胸や抜管困難の原因ともなります。これまでの研究では、皮下気腫の危険因子として、腹腔内圧が高いこと、吐く息(呼気)の二酸化炭素濃度が高いこと、長時間の手術、ポート(鏡視下手術時の創部)数が多いことなどが報告されています。最近の研究では、ロボット支援下手術は腹腔鏡手術と比べて皮下気腫を引き起こすリスクを増加させるという報告もあります。しかし、ロボット支援下手術は近年導入された手術であり、皮下気腫発生率増加との明らかな因果関係、臨床経過に与える影響については十分に検討されていません。

研究手法と成果

2019年4月1日から2022年9月30日までの間に当院の腹部外科(上部消化管外科、下部消化管外科、炎症性腸疾患外科、肝胆膵外科、産科婦人科、泌尿器科)で腹腔鏡手術、またはロボット支援下手術を受けた患者 2,503例の情報を収集し、データ解析を行いました。皮下気腫の発生率、抜管困難の発生率、皮下気腫の危険因子の探索を評価項目としました。皮下気腫の有無の確認は、手術終了直後の胸部・腹部レントゲン検査、または看護師による術中触診のいずれかにより確認しました。
皮下気腫は腹腔鏡手術またはロボット支援下手術を受けた2,503例のうち、577例(23.1%)に認められました。皮下気腫が頚部に及んだものは全症例の5.9%ほどでありましたが、頚部に皮下気腫を認めた患者の約1/3が抜管困難となっていました。皮下気腫発生の危険因子として、女性、高齢(80歳以上)、低BMI(BMI20以下)、長時間手術(手術時間360分以上)、ロボット支援下手術、高腹腔内圧(気腹圧)、終末呼気二酸化炭素濃度(息を吐ききったときの二酸化炭素の濃度)が同定されました。
さらに、年齢を除くこれらの因子は抜管困難の原因となる重症皮下気腫(皮下気腫が頚部まで及ぶもの)の独立した危険因子としても同定されました。これらの危険因子は、以前に報告されていたものと類似していました。高齢、低BMI、ロボット支援下手術の因子に関しては体組織の脆弱性と関連するものと報告されています。高齢の患者や痩せている患者では、皮下脂肪が少なく組織が脆弱であるため、手術操作により腹壁の組織が破壊され、皮下気腫を発生しやすいとされています。
加えて、ロボット支援下手術では人間が操作するよりもはるかに強い力でアームが操作されています。これにより、ポート挿入部の腹壁が破壊され皮下気腫が生じる可能性があります。近年、ロボット支援下手術が増加していることを考えると、術中のモニタリングをより細やかに行う必要があります。
さらには、腹腔内への二酸化炭素送気量も皮下気腫の発生に関与しています。高い気腹圧や呼気終末二酸化炭素濃度も重症皮下気腫発生の危険因子として同定されています。手術中の腹腔内圧、適切な換気による二酸化炭素濃度コントロールが必要となります。
今回の研究では皮下気腫の発生率はこれまでに報告されたものよりも高い発生率でした。これは、術後のレントゲン検査や術中の看護師による定期的な触診によるチェックが徹底されているためと考えられます。また、皮下気腫発生率は高かったものの、重症皮下気腫発生率は過去の報告よりも比較的低い結果でした。重症皮下気腫は約80%(26/33例)で頭低位を必要とする手術で発生していました。当院で重症皮下気腫の発生が低かった原因として、手術中に3時間ごとに頭低位を解除し、1時間ごとに看護師が触診するという取り組みが有用であったと考えられます。手術中に皮下気腫を発見した場合は、外科医と麻酔科医に報告され、ただちに対応を行うことで皮下気腫増悪のリスクを最小限に抑えることができました。

発生率はかなり低いものの、抜管困難となる重症皮下気腫の発生が確認されました。今後、益々進む高齢化やロボット支援下手術の発展など危険因子として同定されたものは、今後の医療において避けては通れないものです。今回の研究では、当院のみの過去のデータの解析であり、さらに気腹に使用された二酸化炭素総量、皮下気腫発生に影響を及ぼす可能性のある人工呼吸器設定や輸液量などの麻酔管理情報が不足していました。腹腔内圧や呼気終末二酸化炭素濃度のモニタリングは、高齢者や痩せ型の患者の鏡視下手術を行う上で不可欠です。特に高齢患者では抜管困難を避けるために、厳密な管理が必要となります。

今後の課題

研究費等の出処

特になし

掲載誌

Surg Endosc . 2024 Feb 20. doi: 10.1007/s00464-024-10701-5. Online ahead of print.