学校法人 兵庫医科大学

ハプロ移植における急性GVHDの発症リスクと血中ATG濃度との関連性を明らかに

研究

兵庫医科大学(所在地:兵庫県西宮市、学長:鈴木 敬一郎)医学部 呼吸器・血液内科学 助教 寺本 昌弘らの研究グループは、ハプロ移植を施行されたハイリスク造血器悪性腫瘍患者を対象とした研究で、造血幹細胞移植日の血中ATG濃度が急性GVHDの発症リスクに影響を与えることを明らかにしました。また、造血幹細胞移植日の血中ATG濃度は急性GVHDの発症率だけではなく、全生存率、無再発生存率にも影響を与えました。さらにシミュレーションより、ATGの投与量設定に患者の理想体重を用いることで、患者ごとに合わせた投与量の最適化が可能であることが示されました。

論題

Individualized rabbit anti-thymocyte globulin dosing in adult haploidentical hematopoietic cell transplantation with high-risk hematologic malignancy: Exposure–response analysis and population pharmacokinetics simulations

論文著者名

寺本 昌弘* (※1)、 高橋 卓人* (※2、 3)、 松元 加奈 (※4)、 Mutaz Jaber (※2)、 海田 勝仁 (※1)、 玉置 広哉 (※1)、 池亀 和博 (※1)、 吉原 哲 (※1)
*寺本昌弘と高橋卓人は共同筆頭著者である。

※1 兵庫医科大学病院 血液内科
※2 Pediatric Stem Cell Transplantation, Boston Children's Hospital, MA, USA
※3 University of Minnesota College of Pharmacy, MN, USA
※4 同志社女子大学 臨床薬剤学研究室

研究概要

我々は、ステロイドと少量の「ウサギ由来抗ヒト胸腺免疫グロブリン(ATG*1)」を、急性移植片対宿主病 (GVHD)予防に使用した「HLA半合致同種造血幹細胞移植 (ハプロ移植)(*2)」法を開発し、非寛解などのハイリスク造血器悪性腫瘍患者の予後改善に取り組んできました。しかし、ATGの投与量を患者ごとに至適化することに関して、十分に検討ができていませんでした。
今回、我々が2014-2019年にハプロ移植を行ったハイリスク造血器悪性腫瘍患者 103例の血中ATG濃度データを用いて、曝露-反応解析と母集団薬物動態モデルを利用し、ATGの濃度パラメーターがアウトカムに与える影響を検証しました。結果として、造血幹細胞移植日の血中濃度が20.0 µg/mLであることを境にGrade 2-4 急性GVHDのリスクが二分されること、造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLを達成することが急性GVHDの発症リスクを抑制することがわかりました (図1、2)。また、ATGの投与量シミュレーションでは、患者の理想体重に基づいたATG投与量の設定を行うことで、造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLが達成しやすくなる可能性が示されました。今後は、ハプロ移植以外のATGを用いた同種造血幹細胞移植においても、ATGの投与量を個別最適化できるか、検討をしていきたいと考えています。

研究背景

我々の研究グループでは以前より、非寛解状態のようなハイリスク造血器悪性腫瘍に対するハプロ移植法の開発に取り組んできました (Kaida K et al. Transplant Cell Ther 2023)。我々のハプロ移植法は、同種造血幹細胞移植の代表的な合併症である急性GVHDの予防の為に、ステロイドと少量のウサギ由来ATGを用いることが特徴です。これにより、急性GVHDの重症化を抑制できる一方で、ドナーのT細胞による抗腫瘍効果をより強く誘導することができます。しかし、ATGは個体間の薬物動態の変動が大きい薬剤であり、従来の患者実体重に基づく投与量設計では、患者ごとに適切な投与量を設定することが困難でした。
今回、ミネソタ大学 薬学部 臨床薬理部/ボストン小児病院 小児造血幹細胞移植科の高橋 卓人先生からはATGの血中動態解析に関して、同志社女子大学 薬学部 臨床薬学研究室 松元 加奈先生からはATGの血中濃度測定に関して、それぞれご協力をいただき、我々のハプロ移植法におけるATGの投与量の個別最適化を検討しました。

研究手法と成果

2014年から2019年にかけて、当科で造血器悪性腫瘍に対し、ステロイドと少量ATGを急性GVHD予防に用いたハプロ移植を受けた症例を後方視的に解析しました。ELISA(*3)によって患者血清中の総ATG濃度を測定し、得られた濃度データと患者の臨床情報を基に、ATGの血中濃度パラメーターと急性GVHD発症の関連性に関する解析 (曝露-反応解析)を行い、急性GVHDを予測する為の最適な濃度パラメーターの目標値を決定しました。更にシミュレーションによって、濃度パラメーターの目標値を達成する為の、ATGの投与量計算式を検討しました。我々は母集団薬物動態モデル解析により、患者の理想体重がATGの薬物動態に影響を与えることを先行研究で確認していたので (Takahashi T et al. Clin Pharmacokinet 2023)、ATGの投与量計算式には理想体重を組み込むことにしました。
合計103例が解析対象となり、造血幹細胞移植前に合計 2.5-3.0 mg/kg (実体重) のATGが投与されていました。原病が非寛解状態での移植を施行された症例は91例 (88%)でした。この患者集団において、Grade 2-4 急性GVHDの発症リスクは、造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLであることを境に有意に二分されることがわかりました。アウトカムに対する多変量解析においても、造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLを達成した群は達成しなかった群と比較して、急性GVHDの累積発症率、全生存率、 無再発生存率が有意に優れていました。従って、我々のハプロ移植法において、達成されるべきATGの目標血中濃度は、造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLであることがわかりました。この目標値を基に、ATGの投与量をシミュレーションしたところ、造血幹細胞移植前に合計3.0 mg/kg (理想体重)のATGを投与することにより、シミュレーションの80%で造血幹細胞移植日の血中濃度 ≧20.0 µg/mLが達成できました。

本研究成果の意義

本研究は、ELISAによるATGの血中濃度測定を利用し、ATGの血中濃度と急性GVHDの発症リスクの関連性を明らかにしました。また、ハイリスク造血器悪性腫瘍に対するハプロ移植において、 造血幹細胞移植日のATGの血中濃度が急性GVHDの発症率、全生存率、無再発生存率に影響を与えることも示しました。理想体重に基づいたATGの投与量設定を行うことで、 ステロイドと少量ATGを用いたハプロ移植における急性GVHDのリスクが減少し、ハイリスク造血器悪性腫瘍患者の生存が改善する可能性が考えられます。

今後の課題

本研究におけるATG投与量設計のプロセスは、あくまで当科のハプロ移植法にのみフィットするものです。ATGはハプロ移植以外の同種造血幹細胞移植でも使用されるので、今後は他の移植条件においても、ATG投与量の最適化ができるかを検討したいと考えています。

用語解説

*1:ウサギ由来抗ヒト胸腺免疫グロブリン(ATG)
(サイモグロブリン®)
免疫抑制剤の1つで、主に移植片中のドナーのリンパ球 (T細胞)を抑制する効果が期待されます。

*2:HLA半合致同種造血幹細胞移植 (ハプロ移植)
ハプロ移植はヒト白血球抗原 (HLA)が半分しか合致しないドナーからの同種造血幹細胞移植です。HLA全合致同種造血幹細胞移植より、ドナーが見つかり易いという点でメリットがあります。一方で、HLA不適合度が大きいため、急性GVHDの重症化リスクがHLA全合致同種造血幹細胞移植よりも高くなってしまうことに注意が必要です。

*3:ELISA
Enzyme-Linked Immunosorbent Assay、酵素結合免疫吸着測定法
抗原抗体反応の原理を利用して、目的とする成分を検出する方法です。タンパク質、サイトカイン、ホルモンの定量、病原体の検出などに用いられます。

研究費等の出処

特になし

掲載誌