学校法人 兵庫医科大学

母親のスプレー製剤使用と子どもの腎泌尿器異常との関連~子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)について~

研究

兵庫医科大学(兵庫県西宮市、学長:鈴木 敬一郎)の医学部小児科学およびエコチル調査兵庫ユニットセンターらの研究チームは、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)の約8万4千組の親子のデータをもとに、妊娠中の妊婦の有機溶剤およびスプレー製剤を含む家庭用品の使用と、子どもが1歳になるまでに発見される腎泌尿器異常の頻度との関連について解析しました。

その結果、妊娠期間中にスプレー製剤(防水スプレー、スプレー式殺虫剤)を使用した場合、子どもが1歳になるまでに発見される腎泌尿器異常の頻度が高く、有機溶媒の使用とは関連が無いことが明らかになりました。この結果により、妊娠中の母親のスプレー製剤へのばく露と生まれてくる子どもの腎泌尿器異常の発生に関連がある可能性が示唆されました。

なお、使用されたスプレー製剤の成分の種類については明らかでないこと、また、スプレー製剤の使用時期が正確に把握できていないことといった研究の限界があります。

本研究の成果は、2023年6月20日付で日本泌尿器科学会から刊行される泌尿器科分野の学術誌「International Journal of Urology」に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。

発表のポイント

・エコチル調査のデータを使用し、妊婦の有機溶剤、スプレー製剤の使用と、子どもが1歳になるまでに発見された腎泌尿器異常の頻度との関連について調べました。

・妊婦の有機溶剤の使用と1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度に関連はありませんでした。

・妊婦が防水スプレーを使用した場合に、男児において1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度が、使用していない群より高いという結果が得られました。

・妊婦がスプレー式殺虫剤を使用した場合に、女児において1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度が、使用していない群より高いという結果が得られました。

・疾患別解析では、妊婦が防水スプレーを使用した場合に、男児では膀胱尿管逆流症の頻度が使用しない場合と比べて高く、妊婦がスプレー式殺虫剤を使用した場合に、女児で水腎症の頻度が高いという結果が得られました。

研究の背景

子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、2010年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。

エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

腎泌尿器異常には、胎児期の腎発達異常を特徴とするさまざまな構造奇形が含まれ、小児の末期腎疾患の最も一般的な原因であり、小児慢性腎疾患の62.2%を占めます。 腎代替療法(腎移植、腹膜透析、血液透析)を受けた子どもの41.3%に泌尿器異常を認めたとの報告もあり、腎泌尿器異常の早期診断・治療は重要と考えられています。また、妊娠中の有機溶剤へのばく露と子どもの腎泌尿器異常の関連について調べた報告は散見され、妊娠中に有機溶剤にばく露した母親から産まれた男児の外性器異常(停留精巣、尿道下裂)の発症率が有意に高かったことが報告されています。一方で、スプレー製剤へのばく露と子どもの腎泌尿器異常の関連は報告されていません。今回我々は胎児期から1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度と妊娠中の母親の有機溶剤およびスプレー製剤を含む家庭用品の使用との間に関連があるかどうかを調査しました。

研究内容と成果

本研究ではエコチル調査に登録され、妊娠初期から生後1歳までに実施された約10万組の親子のデータのうち自己記入式質問票に有効な回答があった84,237名を対象としました。双胎は対象から除外しました。このうち生後1歳までに腎泌尿器異常と診断された子どもは799名(0.95%)でした。妊娠中に母親の有機溶剤、スプレー製剤(防水スプレー、スプレー式殺虫剤、虫よけスプレー)、除草剤を使用したかどうかと腎泌尿器異常との関連について、母親の年齢、妊娠時のボディマス指数(BMI)、妊娠糖尿病、腎臓病の病歴、喫煙状況、早産を共変量(※1)としてロジスティック回帰分析(※2)を用いて解析を行いました。また、詳細な解析として、腎泌尿器異常を膀胱尿管逆流症、水腎症、停留精巣に分けた解析も行いました。

その結果、妊婦が有機溶剤または除草剤を使用した場合と、子どもが1歳になるまでに発見される腎泌尿器異常の頻度に関連性は認めませんでした。次に、妊婦が防水スプレーを使用した群では、使用しなかった群に比べて、男女ともに1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度が高く、男子では有意に高いという結果が得られました。また、妊婦がスプレー式殺虫剤を使用した群では、使用しなかった群と比べて、女児の1歳までに発見される腎泌尿器異常の頻度が高いという結果でしたが、男子では差がみられませんでした。虫よけスプレーの使用と腎泌尿器異常の頻度との関連性は男女ともに認められませんでした。

詳細な疾患別の解析では、妊婦が防水スプレーを使用した群では、防水スプレーを使用しなかった群に比べて、男児の1歳までに発見される膀胱尿管逆流症の頻度が高いという結果が得られました。さらに、妊婦がスプレー式殺虫剤を使用した群では、使用しなかった群と比べて、女児の1歳までに発見される水腎症の頻度が高いという結果が得られました。

今回の研究ではいくつかの限界があります。まず母親のスプレー製剤の使用は質問票への回答によって評価したものであり、客観性に乏しいと考えられます。また、スプレー製剤の使用時期は正確に把握できていません。さらに、スプレー製剤を使用した経験との関連は解析できましたが、詳細に何と関連(例:使用した環境、含まれている成分など)があったのかは解析できませんでした。最後に、生後1歳までに診断された腎泌尿器奇形のデータを使用しましたが、それ以降に診断された症例があった可能性があります。

(用語説明)
※1 共変量:結果に影響を与えると考えられるので統計解析で考慮する因子
※2 ロジスティック回帰分析:複数の要因が関連する場合に特定の事象がおこる確率の差を検討するための統計手法

今後の展開

今後は、スプレー製剤を使用することの何が影響を及ぼしているのか、スプレー製剤の成分が影響を及ぼしているとしたらその成分や、ばく露量、時期などを明らかにする研究が必要であると考えられます。

エコチル調査からは引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待されます。



妊娠中のスプレー製剤の使用と子どもの腎泌尿器異常との関連
(いずれも使用しなかったものを1としたときのオッズ比)





発表論文情報

・掲載雑誌
「International Journal of Urology」 DOI: 10.1111/iju.15229

・論文タイトル
「Association between maternal use of spray formulations and offspring urological anomalies: The Japan Environment and Children’s Study 」

・著者
Yohei TANIGUCHI※1, Hideki SHIMOMURA※1, Hideki HASUNUMA※2,3, Naoko TANIGUCHI※1,2, Tetsuro FUJINO※1, Takeshi UTSUNOMIYA※1, Masumi OKUDA※1, Masayuki SHIMA※2,3, Yasuhiro TAKESHIMA※1, the Japan Environment and Children’s Study (JECS) Group※4

※1 谷口 洋平、下村 英毅、谷口 直子、藤野 哲朗、宇都宮 剛、奥田 真珠美、竹島 泰弘:兵庫医科大学医学部小児科学
※2 谷口 直子、蓮沼 英樹、島 正之:エコチル兵庫ユニットセンター
※3 蓮沼 英樹、島 正之:兵庫医科大学医学部公衆衛生学
※4 JECSグループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成

研究に関するお問い合わせ先

兵庫医科大学 エコチル調査兵庫ユニットセンター
センター長 島 正之

TEL:0798-45-6636
E-mail:ecochiid@hyo-med.ac.jp

本リリースに関するお問い合わせ先

学校法人兵庫医科大学 総務部 広報課

TEL:0798-45-6655(直通)
FAX:0798-45-6219
E-mail:kouhou@hyo-med.ac.jp