心筋細胞に現れるキナーゼを活性化する「新しい心不全治療薬」を開発

兵庫医科大学（所在地：兵庫県西宮市、学長：鈴木 敬一郎）生化学 主任教授 塚本蔵らの研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科医化学講座（櫃本竜郎大学院生、高島成二教授）、大阪大学大学院薬学研究科附属創薬センター（春田純一特任教授）との共同研究により、ミオシン調節軽鎖キナーゼ（cMLCK）の活性低下によって「ヒトの拡張型心筋症が発症すること」を明らかにし、新しいタイプの心不全治療薬としてcMLCK活性化剤の開発に成功しました。

※本研究成果に関する論文は、日本時間2023年5月2日（火）に、米国科学誌「Circulation」の電子版に掲載されました。

Restoration of cardiac myosin light chain kinase ameliorates systolic dysfunction by reducing super-relaxed myosin

櫃本 竜郎、塚本 蔵、松岡 研、Junjun Li, Li Liu、藏本 勇希、藤野 陽、吉田 昌平、肥後 修一朗、小川 翔、木岡 秀隆、加藤 久和、伯井 秀行、斎藤 悠希、岡本 千聡、井上 聖、Hyedin Jo、上田 響子、瀬川 貴嗣、西村 俊亮、朝野 仁裕、浅沼 博司、谷 昭義、今村 理世、駒川 真輔、金井 利夫、高村 雅之、坂田 泰史、北風 政史、春田 純一、高島 成二

本研究では、心筋細胞に特異的に発現するミオシン調節軽鎖キナーゼ（cMLCK）の活性低下によって、「ヒトの拡張型心筋症が発症するメカニズム」を解明しました。さらにcMLCKを特異的に活性化する低分子化合物の開発に成功し、この化合物をcMLCK活性の低下した心筋細胞に投与することで、cMLCKが再活性化されて収縮性が回復することを明らかにしました。
cMLCK活性化による心筋収縮性の改善効果は、従来の強心薬で懸念されていた重大な副作用を回避しながら、安全に血行動態を改善できる新たな心不全治療薬となることが期待されます。

cMLCKは心筋細胞にのみ特異的に発現するキナーゼで、心筋型ミオシン調節軽鎖をリン酸化することで「心筋収縮性を生理的に制御できること」は既に知られています。しかし、ヒトでの心不全病態への関与は不明でした。
近年、我々を含む複数の研究グループは、cMLCKをコードするMYLK3遺伝子に変異を有する複数の家族性拡張型心筋症を発見し、「cMLCK活性が心不全の病態発症に及ぼす分子機序の解明」や「新たな治療標的分子としての可能性」を期待していました。また、重症心不全の治療で使用される従来の強心薬は、細胞内カルシウム濃度を増加させることで心筋収縮性を改善することができました。一方で、従来の強心薬は、虚血、不整脈、突然死などの副作用が臨床的課題でした。このような背景から、細胞内カルシウム動態の増強に依存しない「新しいタイプの強心薬の開発」が期待されています。

今回の我々の研究グループは、家族性拡張型心筋症から同定したMYLK3変異をノックインしたマウスやiPS由来心筋細胞を作成し、心不全病態の発症の分子機構の解析を行いました。

その結果、心筋のcMLCK活性が低下すると心筋型ミオシン調節軽鎖のリン酸化が低下し 、super relax状態と呼ばれる心筋ミオシンII分子の割合が増加し、「心筋収縮性が低下すること」を明らかにしました。
さらに独自に開発したcMLCK活性化剤を原因遺伝子の異なる拡張型心筋症患者由来のiPS心筋細胞に投与していくことで、ミオシン調節軽鎖のリン酸化が回復し、super relax状態のミオシンII分子の割合が低下し、「心筋の収縮性が改善すること」を明らかにしました。
加えて、異なる原因遺伝子変異による重症心不全患者の心筋組織で検討した結果、原因遺伝子によらず、多くの重症心不全患者の心筋組織で「cMLCK活性化が低下していること」を発見し、cMLCK活性化剤が「多くの重症心不全患者に有効である可能性」を明らかにしました。

今回の我々の研究グループが開発した「cMLCK活性化剤」は、細胞内カルシウム濃度の変化を介さずに収縮性を改善できることから、従来の強心薬の副作用を回避し、安全に重症心不全患者の血行動態を回復できる「全く新しい機序の心不全治療薬」の可能性があります。
今後は、さまざまな心不全モデルで治療有効性を確認し、「早期からの投与により心不全病態の発症や進展の予防につながるか」などの検討により、臨床応用につなげる予定です。

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