学校法人 兵庫医科大学

COVID-19重症化に細胞傷害性T細胞の機能不全が関与した可能性 ~新たな変異ウイルスにも効果を発揮する 「ユニバーサルワクチン」の創出へ~

研究

兵庫医科大学 医学部 病原微生物学講座 主任教授 石戸 聡と講師 小椋 英樹、救急・災害医学講座 主任教授 平田 淳一と講師 白井 邦博、感染制御学講座 特別招聘教授 竹末 芳生らの研究グループは、医療法人協和会(兵庫県川西市、理事長:北川 透)、東京大学(東京都文京区、総長:藤井 輝夫)、大阪大学(大阪府吹田市、総長:西尾 章治郎)、熊本大学(熊本県熊本市、学長:小川 久雄)らと共同して、COVID-19から回復した患者の調査・解析などを実施した結果、ウイルス排除に重要な役割を果たすT細胞が認識する抗原ペプチドを同定しました。

なお、本研究成果に関する論文は、2022年12月16日19時(日本時間)に学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

【本研究のポイント】

●新型コロナウイルスでは「抗体」の研究(液性免疫)が主に行われているが、もう一つの重要なウイルス排除機構として「細胞」による免疫がある。まだ調査が十分に進んでいなかった「COVID-19の重症度に関連するウイルス特異的細胞傷害性 T リンパ球CTL (以下、CTL)の特性」について、日本人の回復期 COVID-19 患者由来のCTLが認識する抗原部位を探索した。

●その結果、日本人にて優勢であるヒト白血球型抗原(HLA-A*24:02)を有する重症COVID-19からの回復者では、異なる新型コロナウイルス変異株にも共通である「M198-206」を認識するCTLが未分化かつ疲弊していた。これにより、「M198-206」を認識するCTLの機能不全がCOVID-19の重症化に繋がっている可能性を明らかにした。

研究の背景と狙い

新型コロナウイルスを認識するCTLの異常とCOVID-19重症化との関連が不明確

新型コロナウイルスは現在においても変異を繰り返し、COVID-19が終息する様子がありません。高齢者においては、COVID-19の致死率が高く対応が引き続き必要です。COVID-19の重症化の原因として、type I IFN などの自然免疫の異常が明らかとなっています。さらに、獲得免疫の異常についても、T細胞の全体数が減少することなどが明らかとなっています。しかしながら、ウイルス排除の最前線ではたらくCTLのうち、新型コロナウイルスを標的とする特異的CTLと重症化との関連は、新型コロナウイルスの中の主要な標的部位(エピトープ)が良く分かっていなかったことから、解析が不十分でした。

重症化につながるウイルス特異的CTLの特徴を詳細に調べることは、治療戦略へのヒントを得る上で大変重要です。たとえば、重症化した患者のCTLのある遺伝子発現異常が明らかとなれば、その遺伝子を標的とした創薬戦略が浮かび上がってきます。また、CTLの特徴と重症化との関連を検討することによって、回復に寄与したCTLを同定することができ、さらに、そのエピトープはより安全なワクチン創出のヒントとなります。

そこで、兵庫医科大学、協和会、東京大学、大阪大学、熊本大学では、「COVID-19からの回復におけるCTLの重要性を明らかにし、新たな治療戦略へのヒントを得ること」を狙いとして、以下のことを連携して取り組みました。

① 新型コロナウイルスを認識する特異的CTLの新たなスクリーニングシステムを構築することにより回復患者に多く存在する特異的CTLとそのエピトープを同定。

② そのエピトープを用いて異なる臨床経過を持つCOVID-19回復患者での新型コロナウイルスを認識するCTLの特徴を調査。


実施手法と成果

「重症COVID-19からの回復患者の新型コロナウイルス特異的CTLは機能不全かつ疲弊している兆候があること」を見出し、異なる新型コロナウイルス株の中で共通のアミノ酸配列を持つ「M198-206」を認識するCTLの異常がCOVID-19の重症化に繋がっている可能性を発見

2020年から2022年までの間に兵庫医科大学および医療法人協和会にて治療を受けCOVID-19から回復した患者様において、CTLライブラリと人工抗原提示細胞を用いた新たなスクリーニングシステムを用いて、新型コロナウイルスを認識するCTLの解析を実施しました。

<実施手法>
COVID-19から回復した患者の血液からCTLライブラリを作成し、新型コロナウイルスのタンパク質を発現する人工抗原提示細胞に反応する新型コロナウイルス特異的CTLを探索し、それらが認識するエピトープの探索、サイトカインプロファイリング、細胞傷害性アッセイ、テトラマー染色、またsingle cell RNAシーケンスなどの分析を実施しました。
その結果、下記のことが明らかになりました。

① 日本人において一番頻度が高いHLA-A*24:02をもつ日本人回復患者において、新型コロナウイルスのM タンパク質(※)を認識するCTLが、2020年終わりから2022年始めにかけて多く検出される

※ウイルス粒子で最も豊富に存在し、ウイルス粒子形成の足場として機能するウイルス形成に必須のタンパク質で、β-CoV属で高度に保存されている。

② M タンパク質の中でも「M198-206」が主要なエピトープであり、その領域は現在までに蔓延したウイルス株すべてにおいて保存されている

③ M198-206特異的CTLが、実際に試験管内の肺胞上皮細胞で新型コロナウイルスの増殖を抑制すること

④ 重症COVID-19回復患者のM198-206特異的CTLは、中等症COVID-19回復患者のCTLに比べて未分化状態であり、かつ疲弊している

⑤ 回復患者のもつM198-206特異的CTLに複数の共通のT細胞受容体が発見されること


上記①~⑤から、「HLA-A*24:02の頻度が高い日本人はCOVID-19の重症化を食い止めるのに新型コロナウイルスMタンパク質を認識するCTLのはたらきが重要である可能性」が明らかになりました。そのCTLのエピトープであるM198-206は、ウイルス株間にて完全に保存されていることから、これから出現すると考えられるウイルス株においても有効なCTL誘導型ワクチン開発の基礎となるものであると考えられます。

今後の活用・展開

まだ見ぬウイルスにも効果を発揮する“ユニバーサルワクチン”の創出へ

ウイルス排除における CTL の重要性は COVID-19 で明らかですが、疾患の重症度に関連するCTL の特徴は十分に解析されていませんでした。この特徴を調査するため、日本人の回復期 COVID-19 患者のCTLが認識する抗原部位を探索し、日本人に多いHLA型で実際に多くの人が反応する部位を同定することに成功しました。

また、新型コロナウイルスに対するCTLのT細胞受容体のうち、患者間で共有されているものがあることが分かりました。一方で、重症患者でCTLの機能不全が起こっている原因を探る(+他のHLAタイプを持つ方に応用する)ためにはさらなる解析が必要です。また、今回同定したT細胞エピトープは、CTLを誘導するワクチンになり得るため、例えば抗体の産出が誘導されにくい、あるいはCTLの応答が弱いワクチン抵抗性の方の治療法の開発に貢献すること、またT細胞エピトープを用いてCTLの検出や細胞性免疫のモニタリングに応用することが期待できます。

【論文タイトル】 
Dysfunctional Sars-CoV-2 M protein-specific cytotoxic T lymphocytes in patients recovering from severe COVID-19

【論文著者名】 
Hideki Ogura(1*), Jin Gohda(2), Xiuyuan Lu(3), Mizuki Yamamoto(2), Yoshio Takesue(4,5), Aoi Son(1), Sadayuki Doi(6), Kazuyuki Matsushita(7), Fumitaka Isobe(8), Yoshihiro Fukuda(9), Tai-Ping Huang(10), Takamasa Ueno(11), Naomi Mambo(12), Hiromoto Murakami(12), Yasushi Kawaguchi(2,13), Jun-ichiro Inoue(14), Kunihiro Shirai(12), Sho Yamasaki(3,15,16,17), Jun-Ichi Hirata(12) and Satoshi Ishido(1*)

(1)Department of Microbiology, Hyogo Medical University, Hyogo, Japan.
(2)Research Center for Asian Infectious Disease, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
(3)Laboratory of Molecular Immunology, Immunology Frontier Research Center, Osaka University, Suita, Japan.
(4)Department of Infection Control and Prevention, Hyogo Medical University, Hyogo, Japan.
(5)Tokoname City Hospital, Aichi, Japan.
(6)Kawanishi City Hospital, Hyogo, Japan.
(7)Kyoritsu Hospital, Hyogo, Japan.
(8)Kyowa Marina Hospital/Wellhouse Nishinomiya, Hyogo, Japan.
(9)Dainikyoritsu Hospital, Hyogo, Japan.
(10)Kyoritsu Onsen Hospital, Hyogo, Japan.
(11)Joint Research Center for Human Retrovirus Infection, Kumamoto University, Kumamoto, Japan.
(12)Department of Emergency and Critical Care Medicine, Hyogo Medical University, Hyogo, Japan.
(13)Division of Molecular Virology, Department of Microbiology and Immunology, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
(14)Research Platform Office, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
(15)Department of Molecular Immunology, Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University, Suita, Japan.
(16)Division of Molecular Design, Medical Institute of Bioregulation, Kyushu University, Fukuoka, Japan.
(17)Division of Molecular Immunology, Medical Mycology Research Center, Chiba University, Chiba, Japan.

【論文掲載誌】
Nature Communications

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