学校法人 兵庫医科大学

妊婦の殺虫剤使用と生まれた子どもの1歳までの中耳炎との関連について

研究

兵庫医科大学(兵庫県西宮市、学長:野口 光一)の小児科学およびエコチル調査兵庫ユニットセンターらの研究チームは、子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)の約10万組の親子のデータをもとに、妊婦の殺虫剤の使用頻度と生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかることとの関連について解析しました。

その結果、妊婦が妊娠初期に殺虫剤を週に1回以上、仕事で使用した場合、生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかる頻度が増加することとの関連が認められました。この結果から、妊婦の殺虫剤へのばく露と生まれた子どもの中耳炎の罹患との関連が示唆されました。

なお、使用された殺虫剤の種類や量については明らかでないこと、質問票の回答の分析であり妊婦の生体試料中の殺虫剤成分の分析は行っていないこと、中耳炎の罹患に影響を与えるその他の要因の関与が明らかでないといった限界があります。

※ 本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。

本研究の成果は、2022年1月25日(日本時間19時)付で、Nature Research社から刊行される自然科学分野の学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

【論文掲載情報】

・掲載雑誌
「Scientific Reports」 DOI: 10.1038/s41598-022-05433-2

・論文タイトル
「Association between maternal insecticide use and otitis media in one-year-old children in the Japan Environment and Children’s Study」

・著者
Takeshi Utsunomiya※1, Naoko Taniguchi※1,2, Yohei Taniguchi※1, Tetsuro Fujino※1, Yasuhiko Tanaka※1,2, Hideki Hasunuma※2,3, Masumi Okuda※1, Masayuki Shima※2,3, Yasuhiro Takeshima※1,2, and the Japan Environment and Children’s Study Group※4

※1 宇都宮 剛、谷口 直子、谷口 洋平、藤野 哲朗、田中 靖彦、奥田 真珠美、竹島 泰弘:兵庫医科大学 小児科学
※2 谷口 直子、田中 靖彦、蓮沼 英樹、島 正之:エコチル調査兵庫ユニットセンター
※3 蓮沼 英樹、島 正之:兵庫医科大学公衆衛生学
※4 グループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長

発表のポイント

・エコチル調査のデータを使用し、妊婦の殺虫剤の使用頻度と生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかることとの関連について調べました。

・妊娠判明時から妊娠初期に妊婦が週1回以上、半日以上かけて仕事で殺虫剤を使用した場合、生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかる頻度が増加することとの関連が認められました。

・子どもが1歳時点での保育施設の通所別にみると、保育施設に通っていない群でのみ、妊娠判明時から妊娠初期に妊婦が週1回以上、半日以上かけて仕事で殺虫剤を使用した場合、生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかる頻度が増加することとの関連が認められました。

・一方で、妊娠判明時から妊娠中期に妊婦が週1回以上、半日以上かけて仕事で殺虫剤を使用した場合、生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかる頻度が増加することとの関連は認められませんでした。

研究の背景

子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度より全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。

エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

<当研究の背景>
中耳炎は子どもによくみられる病気であり、急性中耳炎、滲出性中耳炎、慢性中耳炎からなります。急性中耳炎の罹患率は1年に100人あたり約10.8人といわれており、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌などが原因になります。中耳炎のリスク因子としては、男児であること、反復する中耳炎の家族歴があること、たばこの煙へのばく露、年上のきょうだいがいること、保育施設に通っていることなどが知られています。また、生後6か月間母乳栄養で育てることが中耳炎の予防になるとされています。

殺虫剤については、ピレスロイドと有機塩素化合物が主な成分であり、妊婦のばく露が生まれた子どもに与える影響について調べた報告はいくつかみられます。妊婦のピレスロイドへのばく露が生まれた子どもの2歳から4歳における注意欠陥多動性障害と関連があるという報告がある一方、妊婦のピレスロイド代謝物質の濃度と生まれた子どもの認知スコアとの間には関連がないというものや、妊婦のピレスロイド殺虫剤へのばく露が生まれた子どもの発達によい影響を及ぼすといった報告もあります。妊婦の殺虫剤へのばく露と中耳炎の罹患の関係について調べた報告では、イヌイットの妊婦において有機塩素化合物へのばく露が急性中耳炎のリスク因子になるとされています。今回我々は1歳までに子どもが中耳炎にかかることと妊婦の殺虫剤の使用頻度の間に関連があるかどうかを解析しました。

研究内容と成果

本研究ではエコチル調査に登録され、妊娠初期から生まれた子どもの生後1歳までに実施された約10万組の親子のデータのうち、子どもが生産、単胎であり自記入式質問票に有効な回答があった98,255名に対して、妊娠判明時から妊娠初期および妊娠判明時から妊娠中期における妊婦の殺虫剤の使用頻度と子どもが生後1歳までに中耳炎にかかった頻度との関連を解析しました。

性別、生後6か月まで母乳栄養かどうか、母親の年齢、在胎週数、出生体重、生後6か月時点で同居するきょうだいの有無、1歳時点で保育施設に通っているかどうか、母親の慢性中耳炎の既往歴、子ども自身のワクチンの接種歴、母親および父親の喫煙歴、母親の受動喫煙の有無、不妊治療の有無、母親の職業別分類などを共変量※1としてロジスティック回帰分析※2を用いて解析をしました。さらにこれまでに中耳炎のリスク因子として知られている保育施設に通っているかどうか、きょうだいがいるかどうか、母親の慢性中耳炎の既往歴で層別化し、追加で解析を行いました。

解析の結果、生まれた子どもが1歳までに中耳炎にかかる群とかからない群で、妊婦の殺虫剤の使用頻度に有意な差は認められませんでした。ロジスティック回帰分析では、妊婦が妊娠初期に週1回以上殺虫剤を使用した群で、殺虫剤を使用しなかった群と比べて、1.30倍中耳炎にかかる頻度が高くなっていました。(参考図1)

層別化解析の結果、保育施設に通っていない子どもでは、妊婦が妊娠初期に週1回以上殺虫剤を使用した群で、殺虫剤を使用しなかった群と比べて、1.76倍中耳炎にかかる頻度が高くなっていました。なお、殺虫剤の使用期間を妊娠判明時から妊娠中期までとした場合には、いずれの関連も認められませんでした。(参考図2)

今回の研究ではいくつかの限界があります。まず妊婦の殺虫剤の使用は質問票への回答によって評価したものであり、その種類や使用量は明らかではなく、妊婦の生体試料中の殺虫剤成分の分析も行っていません。また、質問票に回答する時点で殺虫剤を使用した時期について、回答者が勘違いをしていた可能性もあります。さらに、中耳炎の罹患に影響を及ぼす未知の交絡因子が存在するかもしれません。

本研究の結果から、妊婦が妊娠初期に仕事で週1回以上、半日以上かけて殺虫剤を使用した場合、生まれた子どもの1歳までの中耳炎の頻度が高くなることとの関連が認められました。また、子どもが保育施設に通っていない群では、さらに関連があることが分かりました。


※1 共変量:結果に影響をあたえる因子
※2 ロジスティック回帰分析:複数の要因が関連する場合に特定の事象が起こる確率を検討するための統計手法

今後の展開

今後、妊娠初期に使用する殺虫剤の種類や量と子どもの中耳炎の罹患との関連を明らかにする必要があると考えています。また、中耳炎の罹患に影響を与える他の因子についてもさらなる研究が必要です。

エコチル調査では引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかとすることが期待され

参考図

【参考図1】
妊婦が妊娠初期に週1回以上殺虫剤を使用した群では、殺虫剤を使用しなかった群と比べて、1.30倍中耳炎にかかる頻度が高くなっていました。

【参考図2】
週1回以上殺虫剤を使用した妊婦から生まれた子どもの中耳炎の発生頻度は、殺虫剤を使用しなかった群と比べて、保育施設に通っていない群で1.76(上段)である一方、保育施設に通っている群では0.79(下段)であり、保育施設に通っていない群においてのみ中耳炎にかかる頻度が高くなっていました。

研究に関するお問い合わせ先

兵庫医科大学 エコチル調査兵庫ユニットセンター
センター長 島 正之
TEL:0798-45-6636
E-mail:ecochild@hyo-med.ac.jp

本リリースに関するお問い合わせ先

学校法人兵庫医科大学 総務部 広報課
TEL:0798-45-6655(直通)
FAX:0798-45-6219
E-mail:kouhou@hyo-med.ac.jp