食物アレルギーの研究

食物アレルギーは、特定の食物を摂取した後にアレルギー反応を介して皮膚(じんましん、顔面紅潮)・呼吸器(喘鳴、呼吸困難)・消化器(腹痛、下痢、口唇の腫れ)あるいは全身性(アナフィラキシー症状;血圧低下、意識障害)に生じる症状のことをいいます。2012年の報告では、わが国の食物アレルギー有病率は乳児で約5~10%、幼児で約5%、学童期以降が1.5~3%です。乳幼児期に多いこことから、発症の要因は消化機能の未熟などが考えられていました。そのため以前は母乳や胎盤を介してアレルゲンに感作されると考えられ、欧米では婦人は妊娠中や授乳中の卵やピーナッツなどの摂取を制限し、乳幼児には乳製品、卵白やピーナッツなどを与えるべきではないと考えられていました。
しかし、その後の疫学研究から、特定の食物摂取を制限しても子供の食物アレルギーは減少するどころか、むしろ増加していることが判明し、この考え方は完全に否定されました。代わって2008年、「経皮的に食物アレルゲンに曝露されると感作が成立し、適切な量とタイミングで経口摂取された食物は、むしろ免疫寛容を誘導する」という二重抗原曝露仮説がイギリスのLackによって提唱されました。イギリスでは新生児の入浴後に皮膚にオイルを塗る習慣がありますが、ピーナッツオイルを配合したスキンケア製品を使用すると乳児期のピーナッツアレルギーの発症が約8倍増加すると報告されています。また、乳児湿疹やアトピー性皮膚炎に伴う皮膚のバリアー傷害もアレルゲンの感作を促進します。
このように、経皮的な抗原曝露がアレルゲンの感作と、それに続く食物アレルギーの発症の引き金であるというのが最近の考え方です。しかし、経皮感作食物アレルギーの発症機序は未だ不明な点が多く、根本的な発症予防法は確立していません。

私たちは、「経皮感作食物アレルギーモデルマウス」を作成し、食物アレルギーの感作(誘導相)と発症(効果相)に関与する分子と細胞を明らかにしました(Int Immunol, 2014)(図)。現在、食物アレルギーに対する新規治療技術の開発を研究しています。

経皮感作食物アレルギーモデルマウス

私たちは乳幼児の食物アレルギーの特徴と良く似た経皮感作食物アレルギーモデルマウスを作製しました。
正常マウスの皮膚に界面活性剤(SDS)を塗布し、皮膚バリアを脆弱にした後、そこに卵白アルブミン(OVA)を週3回、2週間塗布すると、塗布後14日目から血清中にOVA特異的IgE抗体が著明に増加し続けます。同時に所属リンパ節にTh2細胞が誘導されます。更に、塗布後21日目に抗原OVAをマウスに経口投与すると、投与直後数分以内に直腸温低下を伴ったアナフィラキシー症状を発症します。
一方、あらかじめOVAを経口投与したマウスでは、皮膚にOVAを塗布してもIgE抗体の上昇も、OVAの経口投与によるアナフィラキシー症状も全く発症しません。すなわち、免疫寛容が誘導されていました。実際、このマウスでは所属リンパ節にFoxp3陽性の抑制性T細胞(Treg)が増加していました。
本研究から、「経皮的に食物アレルゲンに曝露されると感作が成立し、経口摂取された食物はむしろ免疫寛容を誘導する」という二重抗原曝露仮説を動物モデルで証明することができました。

経皮感作食物アレルギーとTSLP-好塩基球(感作)

上記の経皮感作食物アレルギーモデルマウスを用いて、「皮膚を介してどのような機序でアレルゲンに感作されるのか」を検討しました。これまでの研究から、皮膚を介した抗原特異的Th2免疫応答の誘導に、皮膚上皮細胞から産生されるサイトカインの1つTSLPと好塩基球が重要な役割を果たしていることが知られています。そこで、私たちはTSLPと好塩基球に着目し、次の様な食物アレルギーの感作(誘導相)成立機序を明らかにしました。

  1. SDSで脆弱した皮膚にOVAを塗布すると、塗布後11日目をピークに経時的に皮膚と所属リンパ節に好塩基球が集積・増加し、
  2. 所属リンパ節にIL-4産生のTh2細胞が増加します。一方、
  3. 予め抗体を投与して好塩基球を除去したマウスでは、Th2細胞も血清IgE抗体の上昇も全く認められません。さらに、
  4. TSLP受容体欠損マウスの皮膚にOVAを塗布すると、好塩基球の集積・増加、Th2細胞の誘導、血清IgE抗体の上昇はいずれも全く認められませんでした。

以上の結果から、アレルゲンに曝露した皮膚上皮細胞から産生されるTSLPによって好塩基球は皮膚局所に集積・活性化し、所属リンパ節に移行してIL-4産生抗原提示細胞として、T細胞をTh2細胞に誘導する結果、アレルゲンに感作されることが推測されました(Nat Immunol, 2009)(好塩基球によるTh2細胞の誘導を参照)
実際、OVAを塗布した皮膚からTSLPが産生されること、リンパ節に移行した好塩基球はIL-4を産生していることも確認しています。

食物アレルギーの乳児のほとんどに、アトピー性湿疹がみられると報告されています。逆に、アトピー性湿疹のある乳児の20から80%に食物アレルギーを発症すると言われています。これは、乳児の皮膚の構造が成人より薄く、バリア機能が低下しているためです。

経皮感作食物アレルギーとIL-33(発症)

次に、OVA感作マウスにOVAを経口投与して起こるアナフィラキシー症状(私たちのモデルマウスでは、速やかな直腸温低下とOVAを塗布していた皮膚局所や腸管からの血漿漏出がみられます)の発症機序を検討しました。その結果、食物アレルギーの発症にIL-33が必須の因子であることが明らかになりました。

IL-33欠損マウスの皮膚にOVAを塗布すると、好塩基球の集積・増加、Th2細胞の誘導、血清IgE抗体の上昇はいずれも正常マウスと同様に認められます。すなわち、IL-33は食物アレルギーの感作(誘導相)には関与しません。一方、OVAに皮膚を介して感作したIL-33欠損マウスにOVAを経口投与しても、直腸温低下を伴ったアナフィラキシー症状は全く発症しません。
さらに、OVAに感作した正常マウスでもOVA経口投与の直前にIL-33阻害抗体を投与すると、アナフィラキシー症状の発症を完全に抑制することができました。IL-33はTSLPと同様、上皮細胞から産生されるサイトカインです。実際、OVAを塗布した皮膚からIL-33が産生されること、OVA経口投与後のマウス腸管内にIL-33が産生されることを確認しています。
IL-33はアレルゲンとIgE抗体で活性化されたマスト細胞に作用してヒスタミン産生を増強します(IL-33による獲得型アレルギーの発症・増悪を参照)。その結果、様々な食物アレルギー症状を発症すると考えられます。


以上の研究結果から、経皮感作食物アレルギーの感作(誘導相)にはTSLPと好塩基球が、発症(効果相)にはIL-33が重要な因子・細胞として関与していることが明らかになりました。今後、1)TSLP-好塩基球を標的とした阻害薬はアトピー性皮膚炎や乳児湿疹などアレルゲンに感作され易いヒトに対して、2)IL-33を標的とした阻害薬は感作が成立したヒトに対して、それぞれ食物アレルギーの発症を予防する新しい治療法となる可能性があります。

(2014年6月4日付けの毎日新聞、日本経済新聞、産經新聞、神戸新聞などに記事が掲載され、NHKニュースで研究内容が紹介されました)

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