兵庫医科大学 内科学総合診療科学

お問い合わせ
アクセス

医師・医療従事者の方

教授からのメッセージ
研修プログラム
研究内容
研究業績
お知らせ

一般の方

診療のご案内
スタッフ紹介
HOME

研究内容

総合診療科では、現在、以下の基礎研究、疫学研究、臨床研究に取り組んでいます。

1. カロリー制限(Caloric restriction=CR)による心血管保護効果の分子メカニズム解明
2. 心血管系における長寿遺伝子、サーチュインの機能解析
3. 免疫老化に対する介入による加齢関連疾患治療戦略の確立
4. 丹波篠山圏域在住高齢者における生活習慣とフレイルに関する学際的研究
5. 薬剤性有害事象の定量的解析による医療の質の評価

基礎研究に関しては、総合診療科固有の実験室の準備が整い、新村主任教授がこれまで取り組んできたカロリー制限や老化制御に関わる研究の再開が可能になりました。疫学研究としては、兵庫医科大学本院、ささやま医療センターと兵庫医療大学とが連携し、学際的研究チームを構成し、丹波篠山圏域における高齢者のコホート研究の立ち上げを行っています。臨床研究では、臨床疫学教室の森本剛教授の指導のもと、太田講師が薬剤性有害事象の定量的解析に関わる研究を継続中です。

1.カロリー制限(Caloric restriction=CR)による心血管保護効果の分子メカニズム解明

CRとは成熟期以降生涯に渡って継続する、食餌自由摂取状態から30‐60%摂取カロリーを減じた食事制限療法です。このCRは、げっ歯類(ラットやマウス)において平均寿命と最大寿命を延ばすばかりか、加齢関連疾患の罹患率を減じ、生理機能の低下を軽減し、さまざまなストレスに対する応答性を高めました。CRは、無脊椎動物である線虫類、蝿、蜘蛛から脊椎動物の魚類や爬虫類においても寿命延長効果を示します。一方で、ヒトと同じ霊長類であるアカゲザルにおいてもCRが寿命を延長しうるのかは、まだ明確な結論は出ておらず今後のデータの蓄積が待たれている状況です。老化制御研究とは、寿命延長だけを目的とするものではなく、臨床的には健康長寿の達成も重要な目標です。そういった点から、CRは運動と並び、健康長寿の達成をもたらしうる抗老化療法と位置づけることができ、新しい老化制御療法を開発する際には常に対比されるべきgolden standardと考えています。

多彩なCRの効果の中で、我々は心血管系に及ぼすCRの効果に着目してきました(図1)。その結果、(1)CRは心筋細胞の虚血ストレス耐性を改善し、虚血再灌流傷害を軽減すること、(2)CRは心臓老化を遅延させ、加齢に伴う左室拡張機能障害の進行を抑制すること、(3)CRは動脈硬化と血管老化を抑制すること、を明らかにしました。

近年、肥満とそれに伴う代謝性疾患(メタボリックシンドローム、2型糖尿病)は、中年齢壮年齢での世界的な健康問題となっています。肥満とそれに伴う代謝性疾患は、長期的には動脈硬化性疾患や心筋障害を発症させ、健康寿命を短縮させます。そこで代謝性疾患に伴う循環器疾患治療へのCRの臨床応用が期待されています。

厳格な食事制限を長期にわたって継続することは、実際は困難なため、CRにより活性化または抑制される細胞内シグナルを何らかの化合物で再現させる、CR mimeticsの開発が注目されています。その代表的としてresveratrol、rapamycin、metforminがあり、これらの循環器疾患治療における有用性は、基礎研究レベルでは数多く報告されています。より安全で有効なCR mimeticsの開発をめざし、我々は基礎研究を続けています。

図1 : カロリー制限(CR)による心血管保護効果

2.心血管系における長寿遺伝子、サーチュインの機能解析

2000年にImaiとGuarenteは、SIR2(silent information regulator 2)がnicotinamide adenine dinucleotide(NAD+)依存性ヒストン脱アセチル酵素であることを明らかにしました(Nature 2000;403:795-800.)。それまでよくその働きが知られていなかったサーチュインが、実はNAD+に代表される細胞内エネルギー代謝状態のセンサーとして働き、生物の寿命・老化と密接に関係する長寿遺伝子であることが初めて解明されたのです。

哺乳類においてはSirt1〜7と名付けられた7種類のサーチュインメンバーが存在します。これらサーチュイン(特にSirt1)は、CRによりもたらされるさまざまな好ましい効果、例えば抗老化作用や寿命延長効果、を仲介していることがこれまでに確認されました(図2)。

我々は、心臓におけるサーチュインファミリーの発現レベルを他の主要臓器と比較しました。肝臓での発現を1とすると、Sirt1のみならず、Sirt2、Sirt4、Sirt5、Sirt6も心臓では極めて高いレベルで発現していることが分かりました。

Sirt1は、哺乳類のホモログの中で最も活発に研究が行われてきたサーチュインです。しかし心臓ではSirt1以外のサーチュインメンバーの発現レベルが他の臓器と比べ高いことからも、心筋細胞ではSirt1が必ずしも中心的な役割を担うサーチュインとは言い切れません。そこで、心臓における他のサーチュインメンバーの詳細な機能解析が急務と考え、個々のサーチュインメンバーのノックアウトマウスまたはトランスジェニックマウスを用いた研究を行っています。そして、sirtuin-activating compounds(STACs)を用いた新たな心臓老化、加齢関連心疾患に対する治療戦略の考案、核ミトコンドリア連関におけるサーチュインメンバー相互関係の解明を目指しています。

図2 : 心血管系における長寿遺伝子、サーチュインの機能解析

3.免疫老化に対する介入による加齢関連疾患治療戦略の確立

加齢に伴う燻り型の慢性炎症(Inflammaging)は、老化の本質的現象とも考えられ、加齢関連疾患の発症・進展や、高齢者での感染症重篤化・遷延化に寄与しています(図3)。加齢に伴う免疫系の変化は、特異的獲得免疫応答性の低下と向炎症性応答の増強からなり、これらは“免疫老化(Immunosenescence)”と呼ばれています。この免疫老化は、胸腺萎縮によるT細胞の枯渇に加え、特徴的な機能を持つ特殊なCD4 T細胞(programmed cell death-1 [PD-1]陽性記憶型[MP]CD4陽性T細胞)分画の出現・増加による可能性が高いと京都大学の湊らは2009年に報告しました(PNAS 2009;106:15807-15812)。しかしこれまで、PD-1陽性記憶型T細胞が、加齢関連疾患の発症・進展に関与することを証明した研究はなく、またPD-1陽性記憶型T細胞を標的とした分子標的治療が、これらの発症・進展予防に有効な新規治療戦略となりうるかも検討されていませんでした。

そこで我々は、免疫老化への介入の標的細胞として、加齢に伴い増加し炎症促進効果を担うPD-1陽性記憶型T細胞に着目し、基礎的、臨床研究を行っています。これまでに我々は、マウスにおいて加齢や食事性肥満に関連したインスリン抵抗性の発症に伴いPD-1陽性記憶型T細胞発現が脂肪組織において増加することを確認し、PD-1を標的とする分子生物学的製剤が、これらの病態において新たな治療法となりうる可能性を明らかにしてきました。今後、食事性肥満によりPD-1陽性記憶型T細胞が増加する分子機序、脂肪組織におけるPD-1陽性記憶型T細胞と他の炎症性細胞との相互関係、PD-1陽性記憶型T細胞によるインスリン抵抗性の誘導機序等、を解明していきたいと考えています。

図3 : 免疫老化に対する介入による加齢関連疾患治療戦略

4.丹波篠山圏域在住高齢者における生活習慣とフレイルに関する学際的研究

加齢に伴う機能変化や生理的な予備能力の低下により健康障害を招きやすい状態はフレイル(frailty)と呼ばれ、特に高齢期における自立度の低下、要介護状態に陥る原因として着目されています。フレイルとは、単に身体的機能の低下だけで評価されるものではなく、精神的、栄養学的、社会的な脆弱性を加味して多面的にとらえるべきものですが、その診断法はまだ確立していません。また従来の研究ではフレイルの一側面である、サルコペニア(sarcopenia=筋肉減少症)、うつ傾向や軽度認知機能障害(Mild cognitive impairment=MCI)などそれぞれ専門分野ごとに研究されてきました。しかし、高齢者では身体・生理機能と心理的側面、あるいは環境的要因は相互に影響して自立度の低下や生命予後に関与しています。そこでフレイルの発症要因や農村部におけるその表現形態のスペクトラム、さらにフレイルの診断に有用なバイオマーカーを明らかにすること、最終的には高齢者のQOLを損なう重要な原因であるフレイルを予防する方法を開発すること、多くの人が幸福を感じられる高齢期の達成に寄与する要因を同定することを目指したコホート研究を立ち上げることにしました。

兵庫医科大学の分院であるささやま医療センターは、兵庫県中東部の篠山市中心部に位置しています(図4)。農業と観光業を主産業とする篠山市の人口は4万3千人で、65歳以上高齢者人口は30%に達しています。我々はささやま医療センターを拠点とし、兵庫医科大学のみならず、兵庫医療大学のリハビリテーション学を専門とする研究家からなる学際的研究チームを組織し、丹波篠山圏域在住高齢者の身体的機能の変化と、精神的、栄養学的、社会的な脆弱性との相互関係や時間的分布を包括的に検討していきたいと考えています。

農村地域では、都市部より早く超高齢化が進行しており、農村部在住の高齢者におけるフレイルの実態やサルコペニアとMCIとの関連に関する知見の集積は、今後急激に高齢化が進行する都市部におけるフレイル対策を立案する上でも極めて有用と考えられます。また長寿先進国である本邦において、健康長寿達成の鍵となる生活習慣や環境要因を解明していくことは、今後高齢化社会に直面する海外諸国にとっても極めて関心の高いテーマとなることでしょう。

図4 : 丹波篠山圏域在住高齢者における生活習慣とフレイルに関する学際的研究

5.薬剤性有害事象の定量的解析による医療の質の評価

JADE Study(日本薬剤性有害事象研究)とは兵庫医科大学臨床疫学森本剛教授を代表とする、日本における薬剤の安全性を一般診療の場で評価する多施設共同研究です。製薬メーカーや行政機関が新薬などの安全性を評価する市販後調査のように、医療機関からの自発的報告や薬剤使用情報を集めて分析するデータとは異なり、直接多くの患者集団(コホート)を観察する中で、薬剤情報や患者背景、有害事象を定量的に分析する研究です。これまで成人患者、小児患者、精神病院入院患者などの多様な診療環境での多施設研究が行われています。現在は介入研究も行われています。

近年、病院などの医療機関で受けた治療による有害事象についての報道が多くなってきていますが、すべての市民が何らかの医療機関を利用している中で、実際の有害事象の発生率は明らかではなく、有害事象の真の影響も分かっていません。医療機関ではインシデント報告やヒヤリハット報告として事例を収集し、分析を行っていますが、事例が発生しない患者との比較が出来ないことから、発生要因や防止対策の分析は限定的であり、患者の重症度が高いICUにおける日本の現状については全く分かっていませんでした。

そこで太田講師は、ICU患者に焦点を当て、入室時の患者重症度を軸に分析し、日本のICU入室患者における薬による健康被害(薬剤性有害事象)の発生率を日本で初めて多施設共同コホート研究(JADE Study)で検証しました。ICU在室患者における薬剤性有害事象の疫学や患者に与える影響を明らかにすることで、ICU入室患者の状態の変化を薬剤性有害事象の視点から評価し、患者の予後を改善することが期待されます。

このJADE Studyを通じて、周術期管理などの薬剤以外による医原性有害事象も浮かび上がることになりました。現在、包括的な医原性有害事象に関する多施設研究が進行中であり、引き続き診療の質の直接的な向上につながる実証的研究を報告していきます。