研究内容

1) Gastrointestinal stromal tumor (GIST)および
カハールの介在細胞(Interstitial cell of Cajal; ICC) に関する研究

以前には消化管間葉系腫瘍の多くが平滑筋腫瘍に分類されていたが、最近ではGISTという腫瘍概念が確立し、このGISTが消化管間葉系腫瘍の大部分を占めることが明らかになっている。GISTという腫瘍概念の確立には、その細胞起源および腫瘍化機序の解明が大きく影響しているが、GISTが消化管運動のペースメーカー細胞であるICCに由来すると考えられること、そしてほとんどのGISTの発生にはc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が重要な役割を果たしていると考えられることを世界に先駆けて明らかにした。これらの研究成果がGISTという腫瘍概念の確立に結びついたものと自負している。また、現在行われつつあるGISTに対する分子標的治療は、GISTの腫瘍化機序の解明を基にして応用されたものであるといっても過言ではない。

c-kit遺伝子はレセプターチロシンキナーゼ (KIT) をコードし、そのリガンドはstem cell factor (SCF) である。c-kit遺伝子には、機能喪失性突然変異というタイプの突然変異があり、この場合にはSCFで刺激をしてもKITのチロシンキナーゼ活性は亢進しない。このような突然変異を持つマウス(Wマウス)では、SCF-KITシステムを細胞の分化・増殖に必須としている赤芽球・メラノサイト・生殖細胞・マスト細胞が減少・欠損していることが知られていた。我々は、同様の表現型を示した突然変異ラット(Wsラット)の原因が、Wマウスと同様にc-kit遺伝子の機能喪失性突然変異によるものであることをみつけた (Blood. 78:1942-1946,1991)。ちょうどこれに前後するように、Wマウスの表現型として消化管運動のペースメーカー細胞であるICCの欠損とそれに伴う消化管運動異常がみられることが報告されたので、Wsラットを用いてICCの研究を始めたが、これがその後のGIST およびICCに関する一連の研究の発端となった。このWsラットを用いた研究では、c-kit mRNAを発現しているICCがWsラットの消化管では欠損していることをin situハイブリダイゼーション法を用いて示し、ICC欠損によると考えられる消化管の自動運動の低下および胃内への胆汁逆流、という消化管運動障害がみられることを明らかにした (Gastroenterology. 109:456-464,1995)。

この研究を行っている頃に、マスト細胞性腫瘍に腫瘍化の原因と考えられるc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異がみられることが報告されていた。c-kit遺伝子の機能獲得性突然変異とは、機能喪失性突然変異とは逆に、リガンドのSCFで刺激をしなくても恒常的にKITのチロシンキナ?ゼ活性が亢進するというものである。私はc-kit遺伝子の機能喪失性突然変異動物においてICCとマスト細胞が共に欠損しているという類似性を鑑み、マスト細胞と同様にICCにもc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が原因となる腫瘍の発生が見られるのではないかという仮説をたてた。しかしながら、この時点では“ICC由来の腫瘍”という概念はなかったので、c-kit遺伝子の機能獲得性突然変異の関与を調べる前に、まず“ICC由来の腫瘍”というものが存在するかどうかを調べる必要があった。

ICCは、紡錘状形態を示した間葉系細胞であるので、もし“ICC由来の腫瘍”というものが存在するとすれば、それは消化管間葉系腫瘍のなかにあると考えられた。そこで、ICCのマーカーであるKITが消化管間葉系腫瘍で発現しているかどうかについて、免疫組織化学・ウェスタンブロット・ノザンブロットにより調べてみると、明瞭な平滑筋腫瘍や神経性腫瘍ではKITの発現が見られないのに対し、それ以外の腫瘍、すなわち細胞起源が明らかでなかったGISTのほとんどにKITが発現していることがわかった。逆にICCが、KITのみならず、GISTの多くで発現のみられるCD34も発現していることを明らかにし、KITとCD34の両者が発現している消化管固有の細胞はICCのみであることから、GISTがICCに由来するという説を提唱した (Science. 279:577-580,1998)。その後いくつかのマーカーがGISTとICCに共通して発現していることが報告され、現在ではこの説は多くの研究者の支持を得ている。

GISTが“ICC由来の腫瘍”と考えられたので、次にGISTの発生にマスト細胞と同様c-kit遺伝子の突然変異が関与しているかどうかについて調べた。その結果、GISTのほとんどにc-kit遺伝子の傍細胞膜領域に様々なタイプの突然変異が見られることを明らかにした。さらにこれらの突然変異がいわゆる機能獲得性突然変異であるのかどうかについて、変異型c-kit cDNAを細胞に導入して変異型KITの自己リン酸化を調べ、いずれの変異型KITもSCFの刺激無しで自己リン酸化が亢進していることを示し、機能獲得性突然変異であることを証明した。さらに、マウスタイプの変異型c-kit cDNAをインターロイキン3依存性に増殖するマウスproB細胞(Ba/F3)に導入すると、Ba/F3はインターロイキン3がなくても自律的に増殖する細胞に変化することを明らかにした。このように、c-kit遺伝子の機能獲得性突然変異は細胞の自律性増殖をもたらすことが明らかになり、GIST 発生の原因と考えられるに至った(Science. 279:577-580,1998)。先にも述べたように、この仕事は消化管の間葉系腫瘍の大部分を占めるGISTの細胞起源と腫瘍化機序を世界に先駆けて明らかにしたもので、GISTの腫瘍概念の確立に多大な影響を与えた。また、GIST 発生原因と考えられるc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異の知見を基に、恒常的に活性化したKITのチロシンキナ?ゼを選択的チロシンキナーゼ阻害薬 (Imatinib, STI571, 商品名グリベック) で抑制してGIST患者の治療を行うという分子標的治療が現在行われ、これまで有効な治療方法のなかった転移性GIST患者の大部分に良好な治療効果を示すことが明らかになってきており、上記の研究はトランスレーショナルリサーチの典型的成功例と位置付けられている。

その後、c-kit遺伝子の傍細胞膜領域の突然変異が広範囲に及ぶことや (Gastroenterology. 115:1090-1095,1998)、細胞外領域にもみられること (J Pathol. 193:505-510,2001)、種々の突然変異によるKITの活性化がImatinibにより抑制されること (Int J Cancer. 105:130-135,2003)、等を明らかにした。

GIST研究のもう一つの柱として、germlineにおけるc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が多発性GIST家系の原因であることを明らかにした (Nature Genet. 19:323-324,1998, Am J Surg Pathol. 24:326-327,2000, Am J Pathol. 157:1581-1585,2000, Gastroenterology. 122;1493-1499,2002)。すなわち、多発性GIST患者にはGIST組織のみならず末梢血白血球などの正常細胞にもc-kit遺伝子に機能獲得性突然変異が存在することを示したもので、これまでに世界で7家系の報告があるが、そのうちの4家系の解析に関与した。傍細胞膜領域の機能獲得性突然変異が関与する2家系(Nature Genet. 19:323-324,1998 Am J Surg Pathol. 24:326-327,2000) 、チロシンキナーゼ領域Iの機能獲得性突然変異が関与する1家系 (Am J Pathol. 157:1581-1585,2000) とチロシンキナーゼ領域IIの機能獲得性突然変異が関与する1家系 (Gastroenterology. 122;1493-1499,2002)である。germlineにおけるc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が多発性GIST家系の原因であるという事実は、c-kit遺伝子の機能獲得性突然変異とGIST発生の因果関係を決定づけるものと考えられる。また、これら家族性多発性GIST患者には、消化管全体に及ぶICCの瀰漫性増殖がみられ(Am J Surg Pathol. 24:326-327,2000, Am J Pathol. 157:1581-1585,2000, Gastroenterology. 122:1493-1499,2002)、この病変がポリクローナルな細胞から構成されていることを示し(Gut. 51:793-796,2002)、多発性GISTはICCの過形成病変から発生することを明らかにしたが、この事実はGISTのICC由来説をほぼ決定づけるものである。

ごく最近では、GISTにはc-kit 遺伝子以外の遺伝子異常が存在することも見つけた。これまでの研究でGISTの約90%の症例に傍細胞膜領域を中心にc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異がみられることを明らかにしてきたが、c-kit遺伝子に突然変異を持たないGISTの約半数において、同じサブクラスのレセプターチロシンキナーゼであるPDGFレセプターα遺伝子に機能獲得性突然変異をみつけた (Gastroenterology. 125; 660-667, 2003.)。このPDGFレセプターα遺伝子の機能獲得性突然変異は傍細胞膜領域とチロシンキナーゼ領域IIにみられ、傍細胞膜領域の機能獲得性突然変異は選択的チロシンキナーゼ阻害薬 (Imatinib)により抑制されるが、チロシンキナーゼ領域IIの機能獲得性突然変異は抑制されないことを示した (Gastroenterology. 125; 660-667, 2003.)。

GISTはc-kit 遺伝子の機能獲得性突然変異が腫瘍化に密接に関与し、その活性を抑える薬剤が腫瘍の治療に有効であることが示された分子標的治療の良いモデルとされている。しかし、GIST に関してはまだ多くの問題が残存している。例えば、多発性GIST家系が示すように、c-kit 遺伝子の機能獲得性突然変異のみでは腫瘍に至らず、他の遺伝子異常が重なって腫瘍化していると思われるが、どうような遺伝子異常が関与しているのかは分かっていない。多発性GIST家系のモデルマウスの作成を通して、ICCの過形成部分とGIST部分の遺伝子発現パターンを比較・解析することにより、c-kit 遺伝子以外の遺伝子異常の関与について明らかにしていきたい。またGISTは現在でも良性・悪性の鑑別が難しいが、悪性GISTを特定するための客観的なマーカーについて、良性と悪性のGISTにおける遺伝子発現の違いをexpression chipなどを用いて調べることにより解明したい。また、c-kit遺伝子にもPDGFレセプターα遺伝子にも突然変異を持たないGISTの発生原因の解明もexpression chipなどを用いて明らかにしたい。GISTとマスト細胞性腫瘍の腫瘍化に関与するc-kit 遺伝子の機能獲得性突然変異のタイプは異なっており、GISTにはマスト細胞性腫瘍でみられるタイプのc-kit 遺伝子の機能獲得性突然変異はみられないが、なぜこのように異なるc-kit 遺伝子の機能獲得性突然変異が異なる細胞種の腫瘍化に関与しているのかという機序も不明のままであり、明らかにしていきたい。

2) 異所性石灰化および
骨組織における骨関連蛋白の発現に関する研究

ヒトの様々な異所性石灰化において色々な骨基質蛋白の関与について in situ ハイブリダイゼーション法を用いて調べた。非腫瘍組織の石灰化としては動脈硬化の粥腫 (Am J Pathol. 143:1003-1008,1993) を、腫瘍に随伴する石灰化として乳癌 (Lab Invest. 72:64-69,1995)・髄膜腫 (J Neuropathol Exp Neurol. 54:698-703,1995)・皮膚の石灰化上皮腫 (J Invest Dermatol. 105:138-142,1995)・甲状腺乳頭癌・卵巣の漿液乳頭状腺癌などを調べ、骨基質蛋白のうち、いずれの場合にも共通してマクロファージにより産生されたオステオポンチンが石灰沈着部に一致して存在することを明らかにした。

その他に、様々な骨の病態における骨基質蛋白や骨形成因子などの関与についてもin situ ハイブリダイゼーション法などを用いて検討することにより成果を挙げている (J Bone Miner Res. 9:651-659,1994, J Bone Miner Res. 9:1551-1557,1994, J Bone Miner Res. 10:1462-1469,1995, J Bone Miner Res. 13:271-278,1998, J Bone Miner Res. 13:1221-1231,1998, J Bone Miner Res. 14:1084-1095,1999)。

3) 主要な共同研究

病理組織学の知識やin situハイブリダイゼーションの技術をいかして多くの共同研究を行ってきた。主たるものとしては、pre-B-cell growth-stimulating factor (PBSF) とそのレセプター (CXCR4) のノックアウトマウスの解析があり、ノックアウトマウス胎児の詳細な検討を通して、骨髄造血の異常や血管形成の異常を指摘したのみならず、予想外の変化として心室中隔欠損をみつけた (Nature. 382:635-638,1996,Nature. 393:591-594,1998)。また、色素性乾皮症A群 (XP-A) のモデルマウス (ノックアウトマウス) における紫外線照射実験では、扁平上皮癌が好発することを指摘した (Nature. 377:165-168,1995)。その他、色素性乾皮症G群のモデルマウス(ノックアウトマウス)(Mol Cell Biol. 19:2366-2372,1999)、neuropilin-1 およびneuropilin-2のダブルノックアウトマウス (Proc Natl Acad Sci USA. 99:3657-3662,2002) や、リウマチ様の関節炎をきたすgp130に点突然変異を導入したマウス (J Exp Med. 196:979-990,2002) などの組織学的解析などを行い、成果を挙げた。

〒663-8501
兵庫県西宮市武庫川町1-1

TEL:0798-45-6667
FAX:0798-45-6671

  • 初期研修
  • 病理専門研修