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大気汚染の健康影響に関する疫学研究

1.わが国における大気汚染の変遷

わが国では1960年代の高度経済成長期に工場等を主な排出源とする大気汚染が顕在化し、四日市喘息に代表される深刻な健康被害が社会問題となりました。こうした大気汚染が人の健康に与える影響に関する疫学研究は国内外で広く実施され、環境基準の設定など、公害防止対策において重要な役割を果たしてきました。
 その後、硫黄酸化物による汚染は大幅に改善されましたが、代わって自動車(特にディーゼル自動車)の増加に伴って二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)による大気汚染が問題となってきました。自動車の排ガス対策によって、近年は改善傾向がみられていますが、現在も大都市地域、とりわけ交通量の多い幹線道路沿道部における大気汚染物質の濃度は高く、沿道部住民の健康に及ぼす影響が憂慮されています。

2. 自動車排出ガスの健康影響に関する疫学研究

① 千葉県で実施した研究
 こうした幹線道路沿道部における大気汚染は局地的な高濃度汚染であり、従来経験された一般環境における汚染とは異なっています。近年欧州諸国を中心に自動車排出ガスの健康影響に関する疫学研究が実施されるようになり、道路に近いほど呼吸器疾患が多いこと、大気汚染物質が喘息や気管支炎症状を増悪させることが数多く報告されています。
 島は前任の千葉大学在任中、千葉県環境部(現 環境生活部)からの委託により、県内の小学生を対象に疫学研究を行い、学童の気管支喘息症状の有症率及び発症率は幹線道路沿道部において高いこと、アレルギー等の多くの関連因子の影響を調整しても沿道部における喘息の発症率は有意に高いことを明らかにし、大気汚染が学童の喘息症状の発症に関与する可能性を指摘しました。
 (島 正之「自動車排出ガスによる大気汚染の健康影響」千葉医学、81:1-9, 2005 [PDFファイル]:転載許可済)。

② 環境省で実施した研究
 わが国では欧米諸国に比して幹線道路沿道部に多くの人々が居住しているにも関わらず、千葉県以外では自動車排出ガスの健康影響に関する疫学研究はほとんど行われていませんでした。そこで環境省では、2005年度から5年間にわたって関東・中京・関西の3大都市圏の幹線道路沿道の住民を対象とした大規模な疫学研究(そら(SORA)プロジェクト)を実施しました。
 この調査では、小学生の健康状態を5年間にわたって継続して調べた『学童コホート調査(そらしらべ隊)』、16ヶ月~3歳児約10万人を対象とした『幼児調査』、40歳以上75歳未満の成人20数万人を対象とした『成人調査』の3つの調査が実施されました。当教室は、このプロジェクトの中で主に関西地区における調査を担当しました。
 その結果、学童調査においては、自動車排出ガスの指標とした元素状炭素(Elemental Carbon; EC)及び窒素酸化物(Nitrogen oxides; NOx)とぜん息発症との間に関連性が認められました。幼児調査、成人調査では、全体として学童調査ほどの明確な関連はみられませんでしたが、一部では自動車排出ガスへの曝露とぜん息との関連を示唆する知見が得られました。

3.その他に行っている疫学研究

① 大気中粒子状物質が気管支喘息発作に及ぼす影響

 大気環境中の粒子状物質、特に粒径2.5mm以下の微小粒子状物質(PM2.5)は、呼吸器系、循環器系に様々な影響を生じることが諸外国で報告されており、わが国でも2009年に環境基準が設定されました。しかし、わが国では大気汚染の健康影響に関する知見は限られています。粒子状物質の粒径別分布及び成分組成は国や地域によって異なり、健康影響には人種や生活習慣等の違いによる差も考えられることから、わが国において粒子状物質及びその成分組成と健康影響との関連を明らかにするための疫学研究が必要です。
 そこで、私たちは、姫路市医師会等と共同で、兵庫県姫路市において粒径別に粒子状物質を測定し、喘息発作数との関連を検討しています。

② 加古川地域における大気汚染の健康影響
 兵庫県加古川地域(加古川市、播磨町)では、平成18年度に事業所のばい煙データが改ざんされていたことが明らかになり、大気汚染の健康に及ぼす影響に対する住民の不安が高まりました。そこで、加古川市加古郡医師会とともに、同地域における大気汚染が健康にどのように影響しているか疫学的に評価するための健康調査を行っています。
 この調査では、加古川地域の事業所及び幹線道路等から発生する浮遊粒子状物質、二酸化窒素、その他の大気汚染物質と、小学生の呼吸器やアレルギー症状などの健康状態との関連を疫学的に評価することを目的として、小学生を対象とした呼吸器・アレルギー症状に関する質問票調査を毎年実施しています。

加古川市における健康調査
http://www.city.kakogawa.lg.jp/18,19179,169,998.html

播磨町における健康調査
http://www.town.harima.lg.jp/kurashi_kenko_kenko_kenkou

③ 中国における大気汚染の健康影響に関する共同研究
 経済発展の著しい中国においても、近年は自動車が急速に普及しています。そのため、大都市圏の幹線道路では渋滞が著しく、従来の工場等に由来する大気汚染に加えて、自動車排出ガスによる大気汚染も深刻となっています。また、春季を中心に大量の黄砂の飛散もみられ、日本への飛来も観測されていますが、その健康影響についてはほとんど知られていません。
 こうした大気汚染が住民の健康に与える影響を明らかにするため、北京大学、武漢大学等との共同研究を行っています。
 20098月には、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)と中国国家自然科学基金委員会(NSFC)との二国間交流事業による支援を受けて、大気汚染と健康影響に関する国際セミナーを日本で開催しました。

 Japan-China Scientific Cooperation Program (August 3-5,2009)
独立行政法人日本学術振興会(JSPS)と中国国家自然科学基金委員会(NSFC)との
二国間交流事業による支援を受けて、大気汚染と健康影響に関するセミナーを開催しました。
日本と中国における大気汚染とその健康影響
Air Pollution and Its Health Effects in China and Japan