機能性胃腸症(ディスペプシア)の診断と治療

はじめに

図1

機能性ディスペプシア(functional dyspepsia;FD)は、上部消化管の検査によっても明らかな器質的疾患がみられないのに胃が痛い、胃がもたれるなどのディスペプシア症状を訴える疾患です。一般的には胃内視鏡検査で食道炎や消化性潰瘍やがん等の器質的疾患を検査し、採血や採尿で代謝性疾患や肝疾患などを否定でき、また超音波検査や腹部CT検査で膵がんや胆石などを除外できるにもかかわらず上腹部症状のあるものをFDと診断します。
しかし患者さんの生活の質(quality of life;QOL)に与える影響が大きいため、この疾患を正しく理解し、治療していくことは重要であります。病因については胃運動機能異常、内臓知覚過敏、胃酸分泌異常、ヘリコバクター・ピロリ(H.pylori )感染、精神・心理的ストレス、食事などの生活習慣などが想定されています。
特にこのうち直接的に症状と結びつく病因は運動機能異常と内臓知覚過敏が考えられていますが、実際は多因子が複雑に影響していると考えられています。

FDの定義

機能性消化管疾患を調査、分類しているRome委員会がFDを定義します。1999年にRome II分類が、2006年にRome III分類が提唱され、現在使用されています。
Rome III分類ではディスペプシアを四つの症状のみで定義し、症状を食事と関連する症状( PDS )と痛みと関連する症状( EPS )に分けていることが特徴的です。これらの症状は6ヶ月以上前に初発し、最近3ヵ月間継続していることが必要でした。(表1)

しかし、わが国では症状発現から受診までの期間が短いため、Rome IIIのFDの診断基準を満たさない患者さんが多く、Rome IIIはわが国のFD患者さんの実態を反映していないと考えられていました。そこで、我が国では2014年に新しいガイドラインが作成され、心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状が「慢性的に続く」という言葉に留めることにより、FDが正しく診断され、病態に適した治療が行われることが期待されています。

FDの症状

FDに伴う症状には、大きく分けて食事に関連した上腹部症状である「つらいと感じる食後のもたれ感」や「早期飽満感」と、食事との関連が少ない「心窩部痛」や「心窩部灼熱感」があります。
また、「胸やけ」は食道に由来する症状の1つとみなされるため、FDの症状と同時に生じることはあるものの、胸やけが主症状の場合には胃食道逆流症(gastro esophageal reflux;GERD)と診断されます。

表2

FDの診断

FDの診療、診断において胃がんなどの悪性疾患を含む器質的疾患を否定することが重要であります。そのため、問診では自覚症状や病悩期間、症状と食事の関連性だけでなく、器質的疾患を示唆するアラームサイン (体重減少、タール便、嚥下障害、貧血、腹部腫瘤、リンパ節腫大など)をしっかりと確認する必要があります。鑑別疾患として、消化性潰瘍、胃がんなどの消化管悪性腫瘍、膵・胆道系疾患、薬剤起因性の消化器症状、糖尿病を含む神経内分泌疾患などが挙げられます。
またFDは非びらん性胃食道逆流症 (Non-erosive reflux disease;NERD)や過敏性腸症候群 (Irritable bowel syndrome;IBS)などの機能性消化管障害や、不安神経症を合併することも多く、これらの合併の有無について確認することも重要と考えられます。

FDの治療

前述のように多因子が複雑に影響しているFDの病態の一つであるストレスによる症状発現に対しては、ストレスの回避や、それをマネージメントする等の心療内科的治療の有効性が報告されています。しかし、これら心療内科的治療の施行には特殊な訓練や技術が必要であり、臨床医が誰でも気軽に行える治療ではなく、常に良好な信頼関係の構築や、十分に病態を説明することを意識しFDと接することがまず重要であります。また、食事や運動、睡眠などの生活習慣に対する指導も必要であると考えられています。偏りのある生活習慣は自律神経障害の原因となりディスペプシア症状を引き起こしやすいからです。

この疾患に対する薬物治療の効果は極めて低く、その原因の一つとしてFDではプラセボに対する反応性が30~40%と極めて高いことが考えられています。薬効の評価には、プラセボを対照とした比較試験を用いる臨床研究が必須でありますが、プラセボに対する反応率が高いために、治療効果がプラセボを大きく上回ることはほとんどないと報告されています。言い換えればFDに明らかで確実な効果を持つ薬剤は非常に少なく、それでも多くの薬剤で、ある一定の満足度が得られているのはプラセボ効果によるものと思われます。

一般的にFD治療薬としては酸分泌抑制薬、消化管運動機能改善薬、漢方薬、抗うつ薬、抗不安薬などが挙げられ、H. pylori除菌療法、心理療法なども有効であることが示されています。しかし、実際には多くの方が複数の症状を同時に有しており、治療反応性も一定ではありません。FDの治療目標は、自覚症状の改善および消失、QOLの向上、病態そのものの改善であることは異論のないところです。

一般療法/生活指導

図2

FDと診断した時点で病状を説明し、明らかな器質的疾患がない(がんや悪性の疾患でない)ことが判明した時点で症状が軽減する患者さんも少なくありません。また、症状出現のきっかけや社会的健康的なストレスの有無などを問診し、患者さんの背景を理解しアドバイスを与えることで症状が軽減することもあります。
症状が生活のリズムと関連していたり、特定の食事で症状が悪化する場合などもあるため生活習慣を問診し、生活指導を行うことも大切です。症状誘発の関与が疑われる食品(高脂肪食、香辛料など)を特定できる場合もあります。また、睡眠障害を伴っていることもあり、これが強い患者さんは心気症的要素の関与が強い傾向を考えます。

薬物療法

酸分泌抑制薬
酸分泌抑制薬は、現在FDに対して最も頻用されています。胃酸分泌過多などの十二指腸が過剰な酸に曝露される状態では、胃排出能の低下、適応性弛緩の抑制、そして内臓知覚過敏状態が生じ、過剰な酸から十二指腸を守るための防御機能が働くことがわかってきています。
運動機能改善薬
図3
この薬剤も最初に選択すべき薬剤の一つと考えられますが、現在使用できる運動機能改善薬には有効性のエビデンスが乏しく、その効果に関しては意見が分かれています。しかし最近、FDに対する新規治療薬として認可されたアコチアミド(商品名;アコファイド)は、アセチルコリンエステラーゼを阻害することで消化管運動を改善することが示されています。今後FD患者さんに対する治療薬として期待されています。一般には運動不全型の機能性ディスペプシアに使用されることが多く、知覚過敏に対する効果も実験的に証明されています。
H.pylori 感染症
前述したように、ピロリ除菌治療はFD症状改善に有意な有効性が報告されていますが、その効果は大きいものではなく、臨床的に実感できるものではありません。また1人の患者さんを改善させるためには14人の患者さんを治療する必要があることが言われており、治療効果は限定的と考えられていました。しかし、H.pylori 除菌が将来の潰瘍発症や胃がん発生を予防するというFD症状以外の効果が大いに期待できるため、積極的に施行すべきであると考えられます。
抗不安薬・抗うつ薬
不安が強い例、うつ傾向があると判断される方に使用します。抗うつ薬,抗不安薬の治療効果について複数の報告があり、第一選択薬とはなりにくいですが、非常に有効である例も存在します。大規模の患者数での確証は得られておらず、第一選択薬として用いる為にはさらなる効果の検証が必要と考えられます。
漢方薬
漢方薬が用いられ有効なこともあります。副作用が少ないとのイメージから希望する方も少なくありません。六君子湯には胃運動機能改善効果も科学的に証明されており、徐々にその効果に関するエビデンスが集積されつつあります。
FDに関して用いられる漢方薬の中で最も多くの臨床的・基礎的検討が行われている薬剤は六君子湯です。六君子湯のFDに対する作用として以前から胃排出促進作用が報告されており、さらに最近では摂食促進作用を有するグレリン分泌に関する作用についても注目され、六君子湯がFD患者さんの症状を有意に改善させるとの報告もあります。そのため、六君子湯はFD治療の選択肢の1つとなることが期待されており、今後の研究の成果が期待されています。

経過・予後

FDは基本的には良性の疾患で生命予後は良好であると考えられています。しかし、一旦治療を行い、症状が消失した患者さんのうち、約20%が再発するとの報告もあります。つまり、症状を一旦発症すると、完全に治癒に至る患者さんは多くなく、一定期間のうちに再度ディスペプシア症状を呈することが多いと考えられています。
また、同一の症状が継続するのではなく、経過とともに症状が変遷することも知られています。FDの病態がストレスに対する過剰応答性であることを鑑みると、病状発現に関わる予後は決して良好ではないと思われます。

まとめ

  1. FDは器質的疾患を認めず、良性の疾患で生命予後は良好であるが、QOLを大きく損なう、臨床的に非常に重要な疾患である。
  2. 胃運動機能異常、内臓知覚過敏、胃酸分泌異常、H.pylori 感染、精神・心理異常、生活習慣など多因子が関与して発症している。
  3. 治療においては症状が多様で、しかも症状と病態が対応しないことも多いため、複数の薬剤を用いて治療方針を考える必要がある。

患者さんへ

FDは良性の疾患で生命予後は良好ですが、QOLを大きく損ない、患者さんは治療法や予後につき悩まれていることと思います。またいくつかの病院を受診するも“気のせい”“精神的な問題”と言われ日常生活に支障をきたしている方も多いと思います。
当科ではFDの原因には前述の胃運動機能異常、内臓知覚過敏、胃酸分泌異常、H.pylori 感染、精神・心理異常、生活習慣など多因子が関与していることを念頭に置き、治療方針を考えるようにしています。
お困りの方は一度、当科を受診してみてください。

※お電話やメールのみによるご相談はお受けしておりませんので予めご了承ください