第51回中部支部総会ホームページにもどる
会長講演
   表皮ケラチノサイトの培養    喜多野 征夫 
 

 表皮ケラチノサイトは細胞増殖の観点からみると恒常的に更新している細胞群(permanently renewing cell population)であり、分化様式から見ると自らが角質という物質に変化して終わる、終末分化(terminal defferentiation)を営む。 表皮ケラチノサイトの培養はこの2つの性質を培養において再現することが究極の目的と考えられる。
  私が培養を始めた当時は、血清の添加された培地を使用していた。このような培地では線維芽細胞の増殖が良好で、ケラチノサイトを圧倒するという事態が起こりる。最初は表皮層を真皮線維芽細胞の混入なしにいかに完全な形で真皮から剥離するかということが重要であった。トリプシンは、表皮・真皮の結合だけでなく、ケラチノサイト間の結合も解離するため、処理条件の設定が難しく、ときには増殖能を持つケラチノサイトを含む基底層が真皮側に付着したままで残ることも起こった。ディスパーゼに着目して、ケラチノサイト間を解離することなく、表皮シートを剥離し、その後軽くトリプシン処理することにより、線維芽細胞の混在のない表皮ケラチノサイトの浮遊液を得ることが出来るようになった。
 血清を添加し、Ca++濃度1.2mM以上の培地ではケラチノサイトは重層し、生体の表皮シートに類似した構造を持つようになる。ケラチノサイトはデスモソームを形成して結合し、上層においては細胞膜の肥厚が起こり、細線維で充満した角質細胞とみなすことの出来る細胞も現れる。免疫蛍光抗体法で類天疱瘡抗原、天疱瘡抗原の存在も示される。このように表皮ケラチノサイトは培養において、真皮要素が存在しなくても分化することが明らかになった。しかしCa++濃度1.2mM以上の環境では、継代培養は困難であり、3代目以降は細胞の生着率が急速に低下した。
 現在のような幹細胞の存在が明確にされる以前のことで、分裂して生じた娘細胞がそれぞれどのような増殖・分化過程を経るか、連続写真により個々の細胞の系図を作成した。 これによると細胞分裂から分裂に至る時間は20〜27時間で、少なくとも2〜3世代にわたって分裂によって生じた娘細胞はほぼ同じ時間の後に2つとも再び分裂することが示された。これは transient amplifying cell の集団を観察していたものと考えられる。急速に増殖している細胞群は小型の、位相差顕微鏡による観察では明確な内部構造物の認められない細胞である。 インテグリンβ1を調べると、これらの細胞の間にも顕著な差がみられることから、インテグリンβ1の豊富な細胞は幹細胞ではないかと想像している。

 培養表皮ケラチノサイトが分裂し表皮層を再構成することは、植皮材料として創傷治療に利用することが出来ることを意味する。培養した同種ケラチノサイトが拒絶反応を受けることなく、永く生着すると考えられたことがあった。 後の研究によりドナーの形質を示す表皮ケラチノサイトは消失していることが見いだされ、緩徐な拒絶反応によって、脱落による皮膚欠損を生じることなく、レシピエントの細胞に置換されていることが示された。 ケラチノサイトは分泌細胞といってもよいほど、いろいろなサイトカインを産生・分泌する。 そしてオートクリンあるいはパラクリンの効果をおよぼす。潰瘍部に培養ケラチノサイトを植皮した場合、 たとえ生着しなくても、恐らくは分泌されるサイトカインの作用によって、肉芽の状態が改善される。
 幹細胞が現在移植医療、遺伝子療法の面で重要な細胞になっている。しかし幹細胞は概念や定義が先行して、実像は後から明らかにされて行くという経過をたどって研究されている。 表皮ケラチノサイトの培養においても、幹細胞が存在していることは確かである。 また幹細胞への遺伝子導入も困難ではないと思われる。ケラチノサイトを用いた遺伝子治療は、ケラチノサイトの性状・機能を変化させることによって疾患の治療が行われる場合と、 ケラチノサイトの分泌機能を介して他の組織の疾患が治療される場合が考えられる。
 表皮ケラチノサイトの培養は、まず培養そのものの段階で、いろいろな問題を克服する必要があった。そして増殖、分化をコントロールすることが可能となり、植皮材料として、そして遺伝子治療の面で広い応用分野が開けたのである。
 
 

第51回中部支部総会ホームページにもどる