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炎症性腸疾患からの発がん機構を解明(炎症性腸疾患学 外科部門 池内浩基教授)

Oncotarget誌(12, December, 2017)に炎症性腸疾患学 外科部門 池内 浩基 教授らの論文が掲載されました。

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   池内 浩基 主任教授   

論題

Genomic landscape of colitis-associated cancer indicates the impact of chronic inflammation and its stratification by mutations in the Wnt signaling

 

論文著者名

Masashi Fujita1, Nagahide Matsubara2, Ikuo Matsuda3, Kazuhiro Maejima1, Ayako Oosawa1, Tomoki Yamano2, Akihiro Fujimoto4, Mayuko Furuta1, Kaoru Nakano1, Aya Oku-Sasaki1, Hiroko Tanaka5, Yuichi Shiraishi5, Raúl Nicolás Mateos6,7, Kenta Nakai6,7, Satoru Miyano5, Naohiro Tomita2, Seiichi Hirota3, Hiroki Ikeuchi8 and Hidewaki Nakagawa1
1Laboratory for Genome Sequencing Analysis, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences, Tokyo, Japan
2Division of Lower Gastrointestinal Surgery, Department of Surgery, Hyogo College of Medicine, Nishinomiya, Japan
3Department of Surgical Pathology, Hyogo College of Medicine, Nishinomiya, Japan
4Department of Drug Discovery Medicine, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan
5Laboratory of DNA Information Analysis, Human Genome Center, Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan
6Department of Computational Biology and Medical Sciences, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Kashiwa-shi, Chiba, Japan
7Laboratory of Functional Analysis in silico, Human Genome Center, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Minato-ku, Tokyo, Japan
8Department of Inflammatory Bowel Disease Surgery, Hyogo College of Medicine, Nishinomiya, Japan

 

概要

日本での潰瘍性大腸炎やクローン病を含むIBDの患者数は急激な増加傾向にあり、20万人以上が長期間の治療を受けています。IBDの患者は腸粘膜の長期間にわたる慢性炎症のため、IBDを原因とするがん「Colitic cancer」の発生リスクが非常に高くなり、IBD経過後に厳重な検診が行われています。また、がんや、その前がん病変(dysplasia)が見つかった場合、大腸全摘などの手術が行われます。通常の大腸がんの発生メカニズムはこれまで詳しく解明されていますが、Colitic cancerにはそのメカニズムが当てはまらないと考えられており、ゲノム解析による詳細な研究が求められていました。

今回、兵庫医科大学病院のIBD患者に発生した90例のColitic cancerについて網羅的ゲノム解析を行い、その発がん機構を解明しました。通常の大腸発がんにおいてはAPC 遺伝子の変異が60~90%と最も多く起こっています。ところが、Colitic cancerではAPCの変異が15%と少なく、TP53やRNF43 の遺伝子変異がそれぞれ66%、11%ずつ検出され、通常の大腸がんとは異なる変異でがんが発生していることが分かりました。特に、RNF43の遺伝子変異はIBDの病悩期間(病気で悩む期間)や重症度と相関し、APC遺伝子の変異はIBDの病悩期間や重症度と逆相関していました。RNF43とAPCの変異の有無によってIBDが原因でがんが発生したのか推定できる可能性があります。

今後、ゲノム変異情報を用いて、dysplasiaの検出による早期診断や、Colitic cancerの層別化など、それに基づく治療方針の決定が行われていくものと期待できます。

 

研究の背景

大腸および小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍を引き起こす疾患の総称を炎症性腸疾患(IBD)といいます。潰瘍性大腸炎とクローン病はIBDの代表であり、難病指定を受けています。日本でのIBDの患者数は急激な増加傾向にあり、20万人以上の患者が長期間の治療を受けています。これらの疾患は若年発症であり、免疫調整薬などの治療が長期間行われ、最近は抗体製剤など新しい薬剤の登場により治療法は目覚ましい発展を遂げています。

しかし、IBDの患者の長期経過例をみると、腸粘膜の長期間にわたる慢性炎症のため、がんの発生リスクが非常に高い状況です。これらのIBDを原因とするがんは「Colitic cancer」と呼ばれています。潰瘍性大腸炎の場合、発症後10年で1.6%、20年で8.0%、30年になると18.0%の割合で、大腸がんが発生するという報告があります。しかも、このColitic cancerは、生物学的悪性度が高く予後が不良です。したがって、現在、IBDの長期経過例では内視鏡による厳重ながんの検診が行われています。がんや、前がん病変(dysplasia)が見つかった場合、早期病変であっても浸潤や転移が多いこと、大腸粘膜の他の炎症部位にもがんが発生していること、または、将来発生してくるリスクが高いことから、大腸全摘などの広範囲な手術が行われることが多くなります。

通常の大腸がんの発生メカニズムはこれまで詳しく解明されており、adenoma-carcinoma sequenceと呼ばれる大腸ポリープを介した発がん過程をたどります。最初にAPC遺伝子に変異が入り、その後にKRAS遺伝子、TP53遺伝子などの変異が起こり、がんが発生するという、多段階発がんが提唱されています。しかし、Colitic cancerについては、その形状や病理学的検討から、この通常の大腸がんの多段階発がん説が当てはまらないと考えられており、ゲノム解析により詳細な研究が求められていました。

 

研究手法と成果

共同研究グループは、兵庫医科大学病院で切除手術を行ったIBD患者90例(潰瘍性大腸炎58例、クローン病32例)に発生したColitic cancerの切除標本からDNAとRNAを抽出し、次世代シークエンサー(NGS)を用いて、全エクソーム、または、43個のがん関連の遺伝子の全エクソンについて変異探索を行いました。また、一部についてRNA解析も行いました。

通常の大腸発がんにおいては、APC遺伝子の変異が60~90%と最も多いことが分かっています。今回の網羅的なゲノム解析の結果、Colitic cancerでは、APC遺伝子変異は15%と少ない一方で、代わりにTP53やRNF43の遺伝子変異がそれぞれ66%、11%ずつ検出されました。これは、Colitic cancerが通常の大腸がんとは異なる機構で発生していることを示しています。特にRNF43遺伝子は、APC遺伝子と同じくWntシグナル経路で機能しているが、通常の大腸がんで変異は少ないため、IBDからの発がんにおいてより重要な機能を持つものと考えられます。

また、RNF43に関わる遺伝子変異は、IBDの病悩期間(病気で悩む期間)や重症度と相関し、一方でAPC遺伝子の変異は病悩期間や重症度と逆相関していました。Colitic cancerは、粘液がん(粘液を産生する)などの非典型的な病理像を呈することが多いですが、RNF43遺伝子変異のあるColitic cancerは、粘液がんや低分化型の病理像を示す傾向にありましたが、APC遺伝子変異のあるColitic cancerは、典型的な大腸がんの病理像である高分化型が多い傾向にありました。

クローン病に合併する肛門周囲のがんは日本人・アジア人に多く、粘液がんの病理像を呈することが多いですが、今回の網羅的ゲノム解析では既知のがん関連遺伝子の変異が見つかりませんでした。ゲノムの観点においても、クローン病に合併する肛門周囲のがんは特殊な腫瘍の分類となりました。

本研究では、網羅的ゲノム情報を用いてゲノムの視点でのColitic cancerの発がん機構を解明しました。Colitic cancerのゲノム変異パターンは、通常の大腸がんと大きく異なるケースと、類似するケースがあり、その変異遺伝子によって分類できる可能性があります。

 

今後の課題

IBDと合併して発生した大腸がんであっても、通常の大腸がんと同様の経路で発がんするケースも存在すると考えられています。今回の結果は、APC、RNF43、TP53の遺伝子変異を調べることによって、発生したがんの原因がIBDかどうか、推定できる可能性を示しています。また、Colitic cancerと通常の大腸がんとでは、背景で活性化しているシグナル経路/変異が異なるため、その分子情報、ゲノム情報によってIBDに合併した大腸がんの治療方針が変わってくることも考えられます。

 

掲載誌

Oncotarget(12, December, 2017)

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