広報
兵庫医科大学医学会
海外研修報告

ワシントン大学での研修を終えて

芝野 綾香さん(第5学年次)

私は今回8月6日~8月13日にかけてシアトルのワシントン大学医学部での研修に参加させて頂きました。まず、私が今回この研修に応募しようと思ったきっかけは、5年からの臨床実習のなかで、若くして病気のために余命が一年以内となってしまった人、経済的な理由により積極的な治療を継続できなかった人などに出会ったことでした。そのような状況において患者さんにどのように接し寄り添うのが良いのか悩むことが多くなり、今回のこの研修では尊厳死や緩和ケアといった私が最も学びたいと思っていたプログラムが凝集されており、参加しようと決意しました。
特に興味があったのはChaplainの講義です。Chaplainは日本には存在しない制度です。Chaplainは患者さんのspiritualな痛みのケアを主に行っています。病気になってしまった患者さんは、健康、仕事、友人、経済の安定、家族などといった何らかの損失を持っています。それに対してChaplainは患者さんが失ったものに対して注意深くなり、何を失ったか聞き出し慰めることが大切です。患者さんは、神から見放されていると思うような苦痛、家族などのコミュニティとの葛藤といった人と人の間の苦痛、宗教に対する疑問や人生の意味、どんな価値観を持つべきかといった個人内面的な葛藤、といった3つのタイプの葛藤を持っています。Chaplainはそのような葛藤を持つ患者さんに対して、患者さん本人の価値観を明確化して周囲の人に伝える手助けをすること、患者さん個人がいかに意味合いと目的を見出し自分と他人、神、自然がいかにつながっているかという意識を明確化させることなどの手助けをします。患者さんが何を喜びとし、何を一番大切にしているかを聞きだし、患者さんの心のケアに役立てることも大切です。日本の医療従事者特に医師は忙しく、患者さんと話をする機会がとても少ないため、患者さんの心の内を聞き出すことは大変難しいように感じます。アメリカの医師はそのような状況に対して、患者さんのことを名前で呼び、小さい椅子を病室に持ち込んで椅子に座って話を聞くなどをすることで患者さんとの心の距離が縮まり話を聞き出しやすいようにするそうである。日本では自分の宗教観を持っている人は少ないとは思いますが、日本でも”困ったときは神頼みする”といった人も多いと思うのでspiritualな考えを持ち合わせていると思います。そのため、日本でもChaplainのような制度は必要とされているのではないかと考えます。
また、Clinical Decision Makingの講義の中で37歳のエホバの証人の女性が輸血を拒否するという症例に対してはその意思に従うが、親がエホバの証人である10歳のALLの輸血が必要な子供に対してはどうするかという問題がありました。私は、未成年の子供は自己決定権がないことより親の決定権に従うと思っていました。しかし、深刻な害や即座に害を与える場合は州が介入することにより、判断を第三者である裁判所に委ねるということがあることを知りました。親にとっても、宗教に縛られて子供の命を救う選択をできないので、第三者に委ねることで命を救う決断をしてくれるので助かるという意見もあるそうです。このように、命や自身の宗教に関することなどの難しい問題に関しては、医療者以外の法律家の意見も重要になってくることが分かりました。同じく親がエホバの証人である17歳の心臓病の手術をする患者さんの話があり、ワシントン州では成人は18歳と定められていながら、手術日だけ成人として認め、未成年の患者さんの意思に従うそうです。まず、このような措置は何歳から適応されるのだろうかということに疑問を抱きました。判断能力が身につくのは個人差があり、明確な基準は定められていないと思うので、どういった基準をもってこのような措置をとるのだろうか気になりました。
さらに尊厳死の講義で、尊厳死はワシントン州では法律的に認められており、特にアメリカでは医療行為全般において患者さんの自立性が尊重されています。尊厳死においても、(1)意志があり、ワシントン州の住人である18歳以上の成人であること(2)医師から余命が六か月以内であるということ(3)医師に3回にわたって依頼する(うち1回は文書による依頼) といった条件を満たしさえすれば医師から死ぬための薬を処方され、薬を飲むか飲まないかも自分の判断によるというものであり、患者さん自身の判断が尊重されていることが分かります。私は、将来医師として働く者としての立場からは、生命を維持させることが医師の使命であると考えていたので、尊厳死に対してはあまり良い印象を抱いていませんでした。しかし、アメリカの医師の中には”必要以上の苦痛から患者さんを救うこと”も医師の役目と考えている方もいると知り、医師としての役割は何なのかもう一度考え直す必要があると感じました。しかし、医師が自分の手で直接生命を終わらせるわけではないのだが、死に至らしめる薬を処方することは大変重大な決断であると思いました。実際、一度処方箋を書いた医師は2度と書きたくないと考える医師もいたり、患者さんが薬を飲んで死亡した次の日は出勤できなかったり、1日中考え込んで外で自転車に乗り続けていた医師もいるそうです。このように、アメリカでも問題は残っているが、尊厳死を認めているワシントン州では死を迎える方法も自分で選べるということが分かり良かったです。
アメリカは日本に比べて生命倫理や保険に関することも進んでいると感じる点が多かったです。今回の研修では、生命倫理に関する問題について考えるきっかけを与えてもらえる良い機会でした。今回の研修によって意見が変わったこともありました。また、さらに考えなければならない課題も増えたと思います。将来医師として働くにあたり、将来の患者さんにとってもベストな医療を提供できるように生命倫理に関して考え続ける必要があると考えました。
最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった枚方療育園の山西先生、引率していただいた古山先生、蒲生先生、古瀬先生、金沢さん、山下さん、また、現地で温かく迎えてくださったMcCormick先生、King先生、出発前にたくさんお世話をしていただいた国際交流センターの鳥井さんをはじめこの研修に関わっていただいたすべての方々に深く感謝します。本当にありがとうございました。

研修中の様子

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