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兵庫医科大学医学会
海外研修報告

ワシントン大学研修を終えて

● 猪股 典子さん (第5学年次)

w01_1.jpg この度、2012年8月18日から25日まで、シアトル、ワシントン大学で研修をさせていただきました。この研修では、普段の学校生活や日常では学べないようなことを学ぶことが出来たと思っております。4年生で倫理を習った時に、様々な生命倫理の問題において、日本の中でも、沢山の意見や考え方があることを知りました。Dr. McCormickのもと、アメリカでの医療のありかたや日本とアメリカでの医療に対しての考え方の違いなどを勉強することができ、とても有意義で貴重な時間を過ごすことが出来ました。

 見学研修で、日本との違いに驚かされることがしばしばありました。その中でも最も驚かされたものは終末期医療におけるチャプランと呼ばれる聖職者の存在です。彼らは緩和ケアを利用して入院している患者さん達に対して、患者さんそれぞれの宗教的観念に基づいて精神的なサポートを行い、精神的苦痛を緩和する聖職者です。また死を迎えようとしている患者さんの人生の振り返りを援助し最後の時間を有意義に過ごすことを支援します。日本での精神科医やカウンセラーに近い存在なのかもしれませんが、チャプランの仕事は患者さんのカウンセリングを行うことだけではありません。医師や看護師、ソーシャルワーカー達と協力し、チーム医療の一員として終末期の患者を見守り、その人が自分の価値観にあった生き方ができるよう、お手伝いします。また医療スタッフに対しても心のケアを行います。どうして日本ではこういったサポートが普及していないのかを、チャプランの方々に尋ねたところ、「日本では、そもそも宗教に対する信仰心がアメリカに比べて希薄なためにチャプランは普及していないのでしょう。ただ、日本でもチャプランは活躍していますし、チャプランを養成する施設も日本に存在します。」と答えて下さいました。確かに日本人は無宗教の人が多く、神への信仰や宗教的なものをそこまで重視していません。国民の信仰性の違いが、医療の体制の違いにつながっていることを強く実感することが出来ました。

 また、James Green先生の「尊厳死について」の講義については、深く考えさせられたと同時に大変興味を持ちました。この講義はワシントン州における終末期医療に関する講義であり、日本とは異なった観点、観念に基づいて制定された制度を知ることが出来たので、自身の視野を広げる機会が得られたと思います。

 日本の終末期医療では、主に治療を進める医師が担当する患者さんの精神的ケアを行います。これは、インフォームド・コンセントを取得した医師が、患者さんの選択した治療方法を円滑に進めるためでもあり、もちろん、患者さんの抱える苦悩を軽減するためでもあります。一方、アメリカの終末期医療での精神的ケアは、患者さんの宗教的観念に沿って、患者さんの死への受容を促すものであるように感じられました。ワシントン州とオレゴン州では、余命6ヶ月と医師により診断された人で尊厳死を希望すれば死に直結する薬の処方が許されるという法律が成立しています。どちらが道徳的に正しいかは、決して分かりません。ただ、アメリカでの尊厳死が日本での安楽死と同一視される傾向がありますが、私にはこの二つが似て非なるものに思われました。

 確かに、苦痛なく毒物を処方して患者を死に至らしめる行為は安楽死のように捉えられるのも仕方ないのですが、アメリカでの尊厳死は明確な規定があり、大きく2つの点で安楽死と異なると考えられました。1つ目は、耐え難い苦痛に悩まされている患者さんの余命を把握した上で、治療効果を望めないものに限定して、毒物を処方している点です。これは、死を希望する患者さん全てに毒物を処方している訳ではなく、あくまで苦痛に悩まされる期間を短縮する狙いがあるからだと思われます。そして2つ目は、処方する毒物が経口で服薬するものに限定されている点です。経口の毒物を処方することで、患者さんが服薬を延期することも中止することも可能になり、医師が直接患者さんの死を看取る必要がありません。患者さんのリビングウィルを尊重した尊厳死は、今後の医療にも必要不可欠な治療方針の一つとして選択されると思われます。終末期医療の可否については、まだまだ議論の余地がありますが、患者さんにとって満足できる生涯を送れたかが、治療効果の最終的な評価に繋がるのではないかと私には考えさせられました。

 最後に新生児、特に未熟児医療についてです。NICUのDr. Tom Strandjordの講義で、人工授精によりできた子供が22週未満で産まれる場合と、27週で産まれる場合の2つのケースにおいて医師の立場からどう考えるかという議論がありました。日本では週齢に関わらず、未熟児で生まれてきた子供は全て蘇生を試みています。私自身もそれが普通だと思っていました。その子供の両親にとっても、何もされずにただ死ぬのを仕方のないことだと待つよりは、精一杯出来るだけのことをしてもらった方が納得して受け入れやすいのではないかと考えているからです。しかしアメリカでは違う考え方もありました。22週未満の胎児の生存率はほぼ0%であり、生き延びることが出来ないとわかっている新生児にチューブをいれたり針を刺したりすることは、単に苦痛しか与えてないのではないか、またその子は将来、知的障害や呼吸障害を抱えることになるかもしれないという意見があり、未熟児の蘇生は難しいと考える人がいること、そしてしばしば蘇生を行わないことがあるということ知りとても驚きました。アメリカでは日本に比べて、産まれてくる子供に対しての尊厳が守られているのだと思いました。

 日本とアメリカでは医療に対する国の考え方や政策が異なります。未熟児として産まれてきた子供に対して出来る限りのことをするべきだと私が考えるのも、日本には医療保険制度があり十分な医療を受けられるということが当たり前のようになっているからかもしれません。アメリカには国民皆保険はなく、皆が十分な治療を受けられるわけではない上に、病院にいくことすらできない人もいるため、重篤な障害を持つ未熟児が産まれた場合に侵襲的な治療を控える考えに移行したのではないかと考えられました。

 今回の研修では、他にも様々なことを学ぶことができました。医師として、避けて通ることのできない生命倫理についてシアトル、ワシントン大学で学べたことは自分にとってとても貴重な経験だったと思います。この経験を生かせるように今後も頑張りたいと思います。最後になりましたが、このような素晴らしい貴重な研修の機会を与えて下さった山西先生、引率して下さった古山先生、服部先生、蒲生先生ご夫妻、そしてワシントン大学で私たちを温かく迎えて下さったMcCormick先生をはじめ、講義をして下さった先生方、今回の旅行をサポートして下さった全ての方に心から感謝しています。本当にありがとうございました。

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