広報
兵庫医科大学医学会
海外研修報告

シアトル研修を終えて

● 平野 克也さん (第5学年次)

w04_1.jpg 今回の研修は、今までの学生生活では学べなかったことを学び、経験できなかったことを経験できた非常に有意義で、貴重なものとなりました。この報告書では今回学んだ日本とアメリカとの医療の違いを踏まえたうえで、日本の医療はこれからどうあるべきかを自分なりに考えていきたいと思います。この報告書が来年以降の参加者にとって参考になり、さらにこれから先の研修旅行そのものがより有意義なものとなれば幸いです。

 まず、日本とアメリカとの医療における大きな違いはチャプレンの存在です。チャプレンとは重症の患者、その家族に対し感情、精神、スピリチュアルな面のサポートを専門的に行う医療従事者のことです。チャプレンはありとあらゆる宗教、信仰からなり、他の医療従事者と同様に資格を必要とする専門職です。日本での医療カウンセラーに近い存在のように思えますが、ただ患者のカウンセリングを行うだけはありません。チャプレンは患者、家族の心のより深いところに入り、病に苦しみ、悩み、行き詰った人々をなんとか次のステップへと進ませ、乗り越えさせる、いわば患者にとっての希望の光、夢のような存在です。アメリカではこのチャプレンの存在によって終末期を迎えた患者およびその家族の数多くが精神的に救われ、安心して最期を迎えているそうです。日本ではあまり馴染みのないチャプレンですが、日本にこれをそのまま導入しようとしても私は数多くの課題があるように思います。まず、第一にチャプレンの存在そのものが日本人一般の知識としてそれほど浸透していないこと、第二に日本人の国民性として無宗教の人が多く、宗教や神への信仰がそれほど重要なウェイトを占めないこと、第三に日本とアメリカにおける医療そのものについての考え方の違いがあげられます。特にアメリカではスピリチュアルカウンセリングを受けることは患者の当然の権利であるとされ、医療を供給する側としてもそれは当然のサービスであると考えられています。日本の医療においてはこうした考え方は十分に確立しているとは言えず、このような日本の医療の状況でチャプレンを導入してもなかなかうまくいかないのではないでしょうか。チャプレンがいなくても、医師をはじめとする医療チームのスタッフ全員が患者、家族のすべての不安、心配、憂鬱を共有し、これを解消していくよう努力していくのが現状では最も理想的な姿であると私は考えます。

W04_2.jpg 次にアメリカでの人工透析について考えたいと思います。日本では国民皆保険制度によりすべての国民が何らかの公的保険に加入しており、人工透析を含めた多くの治療が保険適用となっています。一方でアメリカには国民皆保険は存在せず、現在4000万人もの人が医療保険に加入していません。つまり、4000万人もの人が医療機関できちんとした医療を受けることができないということです。この4000万人という数字はアメリカ全体の人口の約6分の1に当たります。この背景にはautonomyというアメリカで最も強い価値観があります。autonomyとは日本語で自立性、ないしは自律性とも訳され、「自分の意思は自分で決定する」という、いい意味では独立自尊、悪い意味では排他的な考え方のように私には思えます。これによって裕福な者は保険により十分な治療を受けることができ、そうでない者は保険に加入できず十分な治療を受けることができないということになります。このような考え方のアメリカにおいて唯一の例外が人工透析であり、人工透析だけはすべての国民が無償で受けられます。これにより、受ける必要がないのに人工透析を希望する患者が増加し、医療費が増大しているという問題が生じています。それでは人工透析も何らかの形で一部の費用を患者負担とすればそのような問題は解決できるのではないか、と考えられますが、どういうわけか不思議とそうはならないそうです。そして私にとって最も疑問に感じられたのが、「なぜ人工透析だけが公費負担なのか?」ということです。例えば先天性疾患やリスクファクターのない後天性疾患など、普段から健康管理に気を使っているが不幸にも病気になってしまった、そのような健全な国民を守るという意味でその疾患の治療を公的負担にしようとするのであれば私も納得できます。しかし糖尿病や高血圧など、その多くは本人が健康管理をしっかりすればある程度は予防できる疾患によって人工透析となり、その人工透析だけが公費負担となって、ひいては医療費をも増大させるというのは私にはどうしても理解できません。このままでは国民サイドにも糖尿病や高血圧にならないようにし、健康管理に気をつけようとするインセンティブが働かず、人工透析患者は増え続け、医療費も増大し続けるでしょう。医学・生理学だけでなく、経済学でも世界のトップを走るアメリカでこのような状況が起こりうるのが私には本当に不思議で仕方ありません。

W04_3.jpg 最後に医療倫理の臨床応用について考えたいと思います。一般に臨床倫理の考え方として4分割法というものがあります。すなわち、Medical Indication(医学的適応)、Patient Preferences(患者の意向)、QOL(Quality of life)、Contextual Features(周囲の状況)を把握し、それぞれの欄に記入するというものです。Dr. McCormicから医療倫理の基本的な考えを学び、Children Hospitalにおけるレクチャーでは小児の骨髄異形成症候群(MDS)の患者を例に挙げ、これを臨床応用していました。ここで特に重要で注意すべきなのは患者のQOLの欄です。治療の初期、すなわち治療法に選択肢のある段階では患者のQOL欄はたくさん埋まり、病気が進行し治療法の選択肢が少なくなれば逆に患者のQOL欄はどんどん減っていきます。さらに病気が進行し治療法が全くなくなれば、QOL欄は再び増えていきます。つまり、患者にとって最初のうちは病気を治療することが目的であったのが、終末期に至るうちにQOL、すなわち生命の質を向上させることが目的となっていくということです。よって患者のQOLを重視し、患者を見守っていくことがより重要となっていきます。これは一見当たり前のように思えますが、アメリカにおいてもこのQOLを重視した臨床倫理の考え方はそれほど広まっておらず、日本ではほとんど考えられていません。特に小児医療においては患者本人だけでなく、その家族を含めてのQOLを考慮していかなくてはならないと私は考えます。小児医療に興味のある私にとってはこのレクチャーが最も衝撃的で印象に残りました。

W04_4.jpg 今回の研修では、他にも本当に数多くのことを学びました。このシアトル研修で得たものすべてが私にとって貴重な財産です。「よく学び、よく遊べ」とはよくいいますが、本当にその言葉がそのまま詰め込まれた有意義な1週間でした。このような貴重な研修の機会を与えてくださった枚方療育園の山西先生、引率して下さった古山先生、野口先生、蒲生先生夫妻、そしてワシントン大学のMcCormic先生には感謝の気持ちでいっぱいです。また、枚方療育園のスタッフの方々には体調を崩した時に大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

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