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兵庫医科大学医学会
海外研修報告

シアトル研修旅行に参加して学んだこと

● 加藤 恵さん (第5学年次)

w01_1.jpg 3年間の高校生活ののち、晴れて医学部の学生としてしての大学生活が始まったころの、私の理想の医師像は、「患者の気持ちに寄り添い患者と共に病気と付き合う、患者にとって身近で、安心を与えてくれる存在」という漠然ではありますが、精神面にも重きを置いて働いている姿が、自分のありたい姿でありました。(精神的な面に対比して、治療、研究、技術開発などの実務的な作業を物理的と名づけるならば、精神面のサポートもしていきたい医師は物理的な技術は高いことが大前提ではあります。)そんな思いを胸に勉強を始めてからはや5年が過ぎましたが、理想は理想でしかなく、こんな姿で働くのは不可能なのか、医師はやはり物理的な医療行為しか出来ないのかと、医師からは神的というものは切って話されているという印象でした。こんなことならば医師として近い存在の、看護師やソーシャルワーカーなどになればよかった、診断、技術、研究、そんなことにばかり目を向けざるを得ない環境で私はやりがいを持って働けるのかと不安に思ったこともあるくらいでした。しかし、夏前にポリクリで、緩和ケアチームをまわり、終末期医療について学び、興味を持つようになったことがきっかけとなり、この生命倫理のプログラムに参加したいと思うようになりました。

W01_2.jpg シアトルでの研修はとても充実したものでした。新たな学びや気付きに溢れていました。生命倫理の歴史、遺伝子診断、移植に関する倫理的問題、小児・新生児、腎不全患者をとりまく倫理的問題、緩和ケア、終末期医療、チャプラン制度、ホスピスケア、倫理的分析を行う手段としての「4つの箱」などについてお話をしていただき、1週間の研修では収まりきらないほど盛りだくさんな内容でした。どのお話も訴えかけてくるものが多く沢山の問題を投げかけられ、考えさせられるものばかりでしたが、その中でも最も心に残ったチャプラン制度、緩和ケア、4つの箱について述べたいと思います。

 まずはチャプラン制度についてです。チャプランとは、神学部を卒業後、あらゆる宗教を勉強し、実務研修を積んだ後に行える役職です。ここでいうチャプランは、チャプランと聞いて日本人が想像するものとは全く別物です。チャプランという言葉から聖職者をイメージしてしまいますが、宗教的なことを主に行う人ではありません。あらゆる患者の心のサポートをしていく中で、その中には宗教的な悩みを抱えている人もいます。(特に多くの宗教が存在し、日本よりも宗教との関わりが多いアメリカでは。)そういう人を支えるためにも、宗教について勉強しなくてはいけないのです。宗教はチャプランにとって患者を支えるための1つのツールなのです。アメリカの医療現場におけるチャプランは、患者のスピリチュアルな痛みを聞いて、心のケアを行っているのです。つまり、スピリチュアルな痛みを聞き出す、「あなたは心の奥に何を潜めているの?心の奥で何を感じて、何を思っているの?」かを引き出す人です。チャプランは教えてくれました。病気を患っている人、死を意識せざるを得ない人は何を感じているのか。最愛の人や物から隔離された孤独、置いて行かれた、捨てられたという神への怒り、関わっている人への怒り、何故自分が?という周りの人への嫉妬、自分の存在意義とは何か、人生の意味とは何か?誰にもぶつけ様がない無数の思いを1人で心の奥に抱えているのだと思います。やはり患者とは、ここ迄もの思いが次々と生じてしまうほど、追い詰められてしまうのだと思います。そんな患者を見守り、心の奥底にあるものを引き出し、人生の目標はあるのか、なくしてしまったか、希望を持てる人なのか、そうではないのか。何らかの問題に対する葛藤はあるか、また、その葛藤が未解決かどうか、許しを得られたかどうか。その人にとって何が1番大切で、どういうものが心を満たしてくれるのか、どういう時が1番嬉しくて生き生きして安心するのか、患者を1人の人間として、生き方や価値観を明確にして、それに準じたケアを行ったり、変化への準備の支援を行っていったりするのです。日本ではこんな心の痛みを素直に話せる人は多くないでしょう。アメリカでこれなのですから、日本では尚更です。1人で抱え込み話したいけど話すすべがわからず、結局話せなくて孤独に陥る。この気持ちは愚痴としてしかあらわせなくて、余計周りの人との関係を悪くさせてそのため孤独は増幅する。日本こそ、愚痴の向こう側に隠れている核心に触れてくれるチャプランのような存在が必要だと思います。そうすれば患者や家族間の軋轢を防ぎ、患者の肩の荷を軽くして、心の落ち着きを持たらし、人生に悔いを残さずに死んでいけるように手伝っていけるのだと思います。

w01_4.jpg 次に、緩和ケア、4つの箱についてです。4つの箱とは患者に対して、(1)Medical indications (2)Patient preferences (3)QOL (4)Contextual featuresという4つの項目を元に患者に質問をしていき、症状によって刻々と変わる患者のQOLにとって重要なもの、優先事項、置かれている環境(家族構成、家族・友人関係、地理的問題や経済的問題)に対する情報を集め、患者の置かれている状況を細かく把握し、患者家族のサポートに役立てたり、これに準じたケアを行いやすくするための手段です。患者のQOLは症状の変化と共に本当に大きく変化します。Children Hospitalでは、この変化の例として、白血病の少女についての話をしてくださいました。まだ元気な時はQOLとして重要なこと、優先事項は山ほどあったのに、病気はもう治すことができなくて残された時間が少なくなってきたことを受け入れてからは、「ただ家族と最後まで過ごしたい」、ただこれだけが、彼女のQOLとして重要なこと、優先事項となったのです。医療行為の度に変わる患者の気持ちやQOLを見逃さないためにも、医療におけるイベントの度にこの4つの箱を作り直し、ドキュメンタリ化することで患者のQOLをいつも高い状態に保つことができるのです。これは是が非でも日本の医療に役立てたいと思いました。1つめの大きな理由として、この4つの箱を医師が埋めることができることです。患者の状態を精神面から何から何まで、嫌でも把握することができます。日本の医師は精神面のサポートを他職種に任せがちです。しかし、チーム医療のリーダー格の医師が患者の精神面の情報を知らないようでは、まさに舵取りのいない船のようなものだと思います。4つの箱を活用することで、今まで精神的な関わりを苦手としていた人も、これによって患者の状態を把握できるようになると思います。今までは不明確だった患者の気持ちやQOLを明確にすることで、推測するにとどまっていた患者の気持ちを知ることができると思います。患者本人以外がその人の立場になって考えようとも、想像以上の色んな感情を患者は持っています。どんなに考えようとも、及ばないと思います。患者のQOLや優先事項や気持ちの核心を知って初めて患者の望む医療にズレのない医療が、無駄のない医療が実現できるのだと思います。

w01_3.jpg 最後になりましたが、緩和ケアについて述べたいと思います。緩和ケアについてお話しくださった先生は、チャプランと同様に、心の奥底に秘めているものを話してくれるように、じっくりと時間をかけ話し合うとおっしゃっていました。聞くときは徹底的に聞くそうです。自分というものが聞くという行為を邪魔しないように、心を無にして、自分の中から生じる思いや疑問など、全てを抑えて聞くことに徹するそうです。途中で患者の話をさえぎったり話を変えてしまったりして、患者の気持ちの核心が霧の中に戻ってしまうのを恐れているのでしょう。忍耐強く聞くことで、その人の隠れた感情を導き出し、残された時間をどう過ごしたいか目標を明確にし、やり残していること、悔いが残ること、葛藤は無いかなどを話してもらえるようにしているそうです。こんなにもどっぷりと1人の患者と向き合うことが出来ることに大変驚かされました。「感情移入してしまうことは無いですか?」という問いにも、「もちろんあります。自分と重ね合わせてしまうこともある」とおっしゃっていました。それではいつかそれに耐えられなくなる時が来るのではないのでしょうか?チャプランも、終末期医療に携わるソーシャルワーカーや看護師も、多くの人の感情に触れたり、最後を見届けたりとつらい状況に幾度となく立ち会っているはずなのに、自分が崩れそうになることは無いのでしょうか?あるチャプランはおしえてくれました。「ある患者は、家族の悩みや不安をソーシャルワーカーに話し、チャプランである私にはこれからやりたいことなどの話をしました。」あるソーシャルワーカーが教えてくれました。「私たちは時にはチャプランのような仕事もするし、チャプランは時にはソーシャルワーカーの様な仕事をしてくれます。」チャプランだけがチャプランの仕事をしなくてはならないのではなく、ソーシャルワーカーや看護師や医師だってその役割を担ったらいいのです。職種が違うにも関わらず、職種の違いにこだわらず、垣根を越えた医療が、自分を崩さずにやりがいを持って仕事を続けていける秘訣なのかもしれません。感情移入してしまったり、影響を受けたりと、それなしでは親身な治療は出来ないと思います。しかしそれをそのままにして自分の中でため込んでしまうと、やはり自分が破綻してしまうのは目に見えています。そうならないために、他職種間の話し合いや、垣根を越えた他職種間の連携を持って患者を担うことが、仕事を続けていく鍵ではないかと感じました。

W01_5.jpg たくさん考えさせると共に、多くの問題点も浮かんできました。4つの箱の例のように、長い間患者を追い続けることは可能なのでしょうか?前述した緩和ケア医のように1人の患者に時間を割くことは実際問題可能なのでしょうか?Children Hospitalの先生がおっしゃるには4つの箱を用いてこのような医療が提供できているのはアメリカの約25%だそうです。生命倫理が日本よりも発達しているアメリカですら、今も成長過程なのだと感じました。私は緩和ケアの先生に「日本では1人の患者に、先生のように時間をかけることはできません。でもそれが理想ですし、究極の理想を言えば、緩和ケアのみならず、他の科や他の死に直結しないような病気にですら、こんなケアや4つの箱が使えるようになったらと思います。」と言いました。すると先生は「私もそう思います。だから私たちはこうやって医学生に教育を施しているのです。」と言ってくれました。

 この1週間は本当に実りあるものでした。色んな問題を投げかけられたと同時に、将来積極的に働いていく希望も与えてくれました。医学の進歩が速すぎて、いつも生命倫理はそのはるか後ろをひた走っています。しかし遅れをとっていると言えど、確実にその後を追ってきます。生命倫理において、日本はまだ駆け出しです。しかし、アメリカだってまだ成長の途中であります。問題はまだまだ山積みでも、もっともっと日本の医療はよくなるはずです。そのきっかけを与えてくださったことに深く感謝いたします。

 最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった山西先生、古山先生、野口先生、マコーミック先生をはじめとするワシントン大学の先生方、スタッフの方々、このプログラムのために力を尽くしてくださった全ての方々に感謝いたします。将来、医師となり働き出した時には、この経験を生かし、実践に役立てられるように、努力していきたいと思います。本当にありがとうございました。

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